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ミニシアター通信 > あらすじ&読書感想文5 > 合成怪物の逆しゅう

合成怪物の逆しゅうのあらすじと読書感想文

2008年9月27日 竹内みちまろ 参照回数:


 「合成怪物の逆しゅう」(レイモンド・F・ジョーンズ/半田倹一訳)という作品をご紹介します。出版社は岩崎書店で、「冒険ファンタジー名作選」というシリーズの十七冊目のようです。対象年齢が小学生から中学生なので、小説としては短編と言える長さだと思われました。邦題もいかにも子ども向けにアレンジされていますが、解説者は原題が「サイバネティック・ブレインズ」であることを紹介しています。サイバネティックとは「舵取り」という意味合いを語源に持つ言葉だそうです。語られている内容は人工頭脳が国家の舵取りをする未来社会で起きたある事件のてん末でした。

 主人公は冒頭で死んでしまいます。しかし、死体がすぐに「人工頭脳センター」に送られて、脳が保存されました。人工頭脳を運営、発展させるためには、人間の脳が必要になるようです。設定としては、体は死んでも、「たましい」というものは実は死んでいなくて脳の中に残っているという現象が用意されていました。アメリカ社会が前提になっていますので「たましい」と書いてしまうと宗教的な意味合いも持ってしまうような気がしないでもありませんが、「合成怪物の逆しゅう」では、宗教的な意味合いには触れられていなくて、「たましい」というよりは、「意志」や「感情」という言葉を使ったほうが作品のイメージに合うと思いました。

 脳の中でいくら「意志」や「感情」が残っていても、物体としては脳そのものなので、手足も口や鼻などの顔についている器官もありません。視覚情報を認知することも、動くことも出来ません。いわゆる「感覚」がない状態かもしれません。そこで怪物が登場するのですが、死んだ(というか実は人工頭脳に利用されるために殺された)科学者である主人公の「意識」が、人工頭脳を伝わってロボットを動かして自分の分身を作ります。それが、かろうじてあるばねみたいな筋肉で飛びはねることしかできない一つ目の頼りない人造生物という設定で、タイトルが示すところの怪物のことです。

 内容は深いものがありました。科学者たちは、当初は気がつかなかったのですが、研究を続けているうちに、人工頭脳の一部分として利用している道具としての脳の中に、実は生きた人間の「たましい」が存在していることに気がつきはじめました。そのときに、「ドナー登録」のように、自分が死んだあとには脳を使ってかまわないという契約をしていた科学者や政府の高官たちが密かにその契約を破棄していたり、主人公の友人が君は生きたまま人工頭脳の一部分として使われたいか、それとも、本当に死にたいかと脳に向かって問いかけたり、倫理に悩んだり、妻が「死んだ科学者のくせに」あなたは人工頭脳に組みいれられて内部から人工頭脳を破壊できるかどうかの実験結果を知りたいんでしょと語りかけていたりしていました。

 「合成怪物の逆しゅう」のミソは「死なない死者」という、意味が真っ向から対立する言葉の組み合わせで端的に説明できる設定にあるような気がしました。個体としての生物としては死んだのですが、精神としては死んでいないという状態で、脳が個体として破壊されてしまうと、精神も死んでしまうという設定のようですが、脳が保存されている間は自分では(文字通りに)手も足も出せなくて、人工頭脳に組みいれられてしまったら、むしろ、ガレー船の底で船をこぐ鎖につながれた奴隷と同じ状態だと説明されていました。

 「合成怪物の逆しゅう」はラストシーンが白眉でした。人工頭脳となった科学者たちは、悲運の死を遂げていた若い二人を助けるために、意識と知性を総動員して、カエルよりもましな、少しでも人間の形に近づけた合成の体を作りあげます。そこに二人の意識を移します。そして、合成の体を持った若い二人に今すぐに人工頭脳センターに来いと意識を飛ばしました。センターでは、二人の脳を合成の体に移植するために手術の用意が整えられていました。しかし、二人は、川へいったり、丘へいったりしているうちに、お互いにほんとうに生きているような気がしてきました。二人は、センターには戻らずに、寝そべって静かに手をとりあいました。やがて、時間制限が来てしまい、センターは科学者たちの意志の結晶として自爆します。二人の脳も破壊されてしまいました。

 正義や、倫理や、国家や、最大公約数の利益などということよりも、命とは、体とは、心とは、人間の本質とは、そして、なによりも、尊厳とは、そういったことを、悲しい結末は問いかけているような気がしました。そして、作品が心に響いたのは、「死なない死者」という設定そのものを描いたからではなくて、「死なない死者」という設定を手段として利用することにより、人間の心というものを描いたからではないかと思いました。


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