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テロリスト群像/サヴィンコフのあらすじと読書感想文

2005年6月13日 竹内みちまろ 参照回数:


 「テロリスト群像」(サヴィンコフ/川崎浹訳)は、ロシアのテロリストの回想記です。サヴィンコフは、革命前夜のロシアを生きました。社会革命党(エス・エル)の戦闘団の副指揮官でした。思想闘争や農村や都市部での宣伝(啓蒙)活動には従事せずに、もっぱら、テロばかりに身を捧げたようです。「テロリスト群像」は、死んでいった同志たちにむけた鎮魂歌のようでした。テロの現場や、爆破に巻き込まれた同志の様子などを、克明に描写しています。人物像には、サヴィンコフ自身のロマン主義的な創作も加えられているようです。

 サヴィンコフらが目指したのは、現体制の打倒です。解説には、テロの熾烈さが書かれていました。テロの内訳は、139人を殺害、85人が負傷、無傷は16人。殺された者の名には、皇族、大臣、高官、提督、警察・監獄の長官級、その他、行政機関の少しランクが落ちる人物たちが、ズラリと列挙されているそうです。

 「テロリスト群像」は、行動記です。ある人物に狙いをつけてから爆殺するまでの経過や、逮捕された同志の裁判の過程、スパイ騒動などが書かれていました。本書は、一人称で書かれています。本書に登場する(作者以外の)テロリストたちの思想は、セリフや手紙、証言などをとおして記されることが多かったです。サヴィンコフが仲間の気持ちを地の文で紹介することは、あまりないように思えました。

 テロリストたちは、現体制への憎悪に満ちていました。彼らの多くは、「自由のため」、「社会主義のため」、「祖国のため」と言います。しかし、戦闘団のメンバーは、政治的かつ思想的には生きていないように思えました。現体制を打倒したあとにどうしたいのかについては、何も書かれていません。社会主義とは何か、自由とは何か、という問題意識は欠如していたようです。しかし、彼らは、決死の覚悟を固めていました。

「「……だが失敗したら? どうだろう? ぼくなら、その時は日本式にやる……」

「日本式とは?」

「日本人は戦いで降参しない……」

「というと?」

「彼らは自分でハラキリをやるんだ」

 これがセルゲイ大公を暗殺する直前の、カリャーエフの心境だった」

 戦闘部隊としては、理想的かもしれません。

 テロリストたちは、受け取った活動資金の出所を知りませんでした。エス・エル戦闘団には、日本政府も資金を提供していました。日清戦争により獲得した朝鮮利権を確立して、中国東北部(いわゆる満州)に勢力を広げたい日本は、ロシアの南下を食い止める必要があります。ロシアの内部混乱を助長して、間接的に、ロシアの外部進出を防いでいました。サヴィンコフらは、日本政府から提供された資金を「アメリカの金満家」からの援助と思っていたようです。

 2人のテロリストが心に残りました。1人は、カリャーエフです。セルゲイ大公の馬車を待ち伏せしたカリャーエフは、爆弾を投げる姿勢にありました。しかし、馬車の中に、小さな子どもたちがいっしょに乗っているのを見てしまいました。カリャーエフは、爆弾を投げることができませんでした。サヴィンコフと落ち合ったカリャーエフは、「ぼくの行動は正しかったと思う。子供を殺すことができるだろうか?……」と言うなり、絶句しました。「革命家」は手を血で染めなければならないのか、「革命」は幼い子どもたちの命を巻き添えにするほど尊いものなのか、カリャーエフは、(借りてきた思想ではなくて)、本能的に感じ取った自らの思想で、爆殺を思いとどまったのかもしれないと思いました。

 もう一人は、女テロリストです。ベネーフスカヤは、貴族で、熱心なクリスチャンでした。なぜテロに参加するのかを聞かれて、

「私がなぜテロに参加しているかですって? あなたにはおわかりになりませんの? 汝ら、汝らの魂を救わんと欲せば、必ずや死に至らん。もし我らの魂をわれのために捨つるならば、我らの魂は救われん」

「おわかりでしょう。生命を死にいたらせるのではなく、魂を……」

 サヴィンコフは、彼女は「傍目にはよくわからぬ複雑なプロセスを経て、暴力の肯定とテロへの個人的参加へいきついた」と書いていました。本人以外には理解できないプロセスがあったようです。

 テロリストたちのセリフや手紙、陳述などから、思想の背景を垣間見ることができます。また、生い立ちや、家庭環境など、テロリストたちがどんな人生を歩んできたのかも語られます。悲惨な現実を生きることを余儀なくされたテロリストもいました。テロリストたちは、この世が悲惨なのはすべて現体制の責任にしたうえで、激しい憎悪とともにそれを攻撃することを正当化してくれた「革命」に、心を奪われたのかもしれないと思いました。テロリストたちは、「憎しみ」と「服従」という2つの心を持っていたのでしょうか。再度の待ち伏せでセルゲイ大公を暗殺したカリャーエフは、陳述します。

「私はあなた方の被告ではない。私はあなた方の捕虜だ。われわれは相争う二派である」

「私を捕虜としたあなた方は、今や私を緩慢なる拷問にかけることもできれば、ひと思いに殺すこともできる。しかし、あなた方の裁判も私の人格のうえには及ばない」

 「テロリスト群像」には興味深い現象が書かれていました。エス・エル戦闘団は、皇族の暗殺に成功したあとに、民衆からの献金で潤ったそうです。ペテルブルクを頂点として、各地でテロが繰り広げられました。一般市民にとっても、テロが起きることが生活の一部になっていたのかと思えるほどでした。トルストイが「復活」の中で描いたロシアなど、甘っちょろく思えてしまいました。神も仏もありません。あるのは、憎悪と混乱と暗殺だけです。もっとも、これは、あくまでも「テロリスト群像」を読んだ感想です。本当の姿がどうであったのかは、別の資料を参照する必要があると思います。


→ 正義の人びと/カミュのあらすじと読書感想文


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