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いま、女として/金賢姫のあらすじと読書感想文

2005年3月25日 竹内みちまろ 参照回数:


 「いま、女として 金賢姫全告白」は、1987年に大韓航空機を爆破した元北朝鮮工作員金賢姫(キム・ヒョンヒ)さんの告白録です。上巻には、北朝鮮工作員として大韓航空機を爆破するまでの経緯と、死刑を宣告されるまでのいきさつが書かれています。下巻は、大統領特別赦免により死刑が中止される場面からはじまります。革命戦士になるまでの26年間の数奇な人生が語られます。(韓国側の)検閲を通された文章だとは思います。しかし、読み終えて、金賢姫さんの人柄に強くひかれました。1994年に書かれた「文庫版のあとがき」は、「おりしも、おもいがけず「金日成死去」の報に接しました。これもまた神の御心であり御意志であると思います。どうかこのことが「祖国統一」をおしすすめる大きな要因になるよう祈ります」という言葉で結ばれていました。

 「いま、女として 金賢姫全告白」には、北挑戦の工作員だった金賢姫さんが、日本人化教育を受ける様子も書かれていました。スイスに潜入したときに、日本人観光客を装った金賢姫さんは、十字架の首飾りを購入しました。金賢姫さんは、十字架の意味を知らなかったそうです。指導的立場にある先輩工作員は、十字架を首にかけた金賢姫さんを見て、露骨に顔をしかめたと書かれていました。アブダビで大韓航空機を降りたあとに、金賢姫さんはバーレーンの空港で自殺用の毒薬を吸いました。意識を取り戻した金賢姫さんは、病室に寝かされていることに気が付きます。自殺に失敗したことを悟りました。ふと、故郷の風景が、頭に浮かんだそうです。末の弟が病気で死んだときに、金賢姫さんの母は、「ひそかに、範洙の病気をどうか治してくださいと神様にお祈りしたの」と漏らしたそうです。宗教や迷信を排除して、家族間の密告が奨励されている北朝鮮では、それは大変に勇気のいることだったようです。病室でベッドに縛りつけられていた金賢姫さんは、母の言葉を思い出しました。

「もし神というものがいるのならどうか助けてください、私の息の根を、いまこの瞬間に、ぱっと止めてください」

 死刑の中止を聞いた夜は一睡もできなかったと書かれていました。誰かが言った「人間の邪悪さがあなたを利用して、神の愛があなたを生かした」という言葉を思いだして、新しい朝に、神に感謝したそうです。

「神様は、死のどん底から二度も、私を救い出してくださった」

 二度というのは、自殺用の毒薬を飲んで3日後に蘇生してしまったときと、死刑が中止されたときです。金賢姫さんは、裁判の間に、牧師の指導で聖書を学んでいたようです。死刑が中止されてから、はじめて信仰の証し(あかし:信仰体験談)を語ったそうです。

 金賢姫さんが言う「奇跡」のもとは、どこにあるのでしょうか。毒薬を飲んでも息を吹き返したのは、思想の鎧をまとった強靭な精神力と鍛え上げられた肉体のおかげだと思います。金賢姫さんを、特殊訓練を受けた韓国軍兵士(=成人男子)と素手で互角に渡り合えるようにしたのは、神ではなくて、北朝鮮です。死刑を中止したのも、神ではなくて、韓国大統領の政治的な判断です。

 金賢姫さんは、二つに分断された祖国から、それぞれ一回ずつ「殺された」のだと思いました。同時に、二つに分断された祖国から、それぞれ一回づつ「復活させられた」のだと思いました。金賢姫さんは、死刑が中止された瞬間に、宗教的なエクスタシーを感じたのかもしれません。十字架の意味も知らなかった金賢姫さんは、聖書の中に何を見たのでしょう。そして、どのようにして「神」と出会ったのでしょうか。しかし、金賢姫さんの心の核心に迫る物語は、「いま、女として 金賢姫全告白」には書かれていません。「絶対的な瞬間」というものは、言葉では説明できないのかもしれないと思いました。


→ 愛を感じるとき/金賢姫のあらすじと読書感想文


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