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田園交響楽/ジッドのあらすじと読書感想文

2005年5月25日 竹内みちまろ 参照回数:


 ジッド(1869-1951)は、フランス人です。「田園交響楽」(神西清雄訳)は、短編小説です。プロテスタントの牧師が主人公です。牧師は、村のはずれに住む老婆の家に呼ばれます。牧師が到着したときには、老婆は息を引き取っていました。牧師は、うずくまっている少女を見かけます。老婆の近親者でした。牧師は、祈祷を捧げているときに、娘を連れて帰る決心をしました。

「主が私の道の行手にある義務を下し給うたような気がして、それを逃れるのはどう見ても卑劣な振舞いとしか思えなくなったのである」

 少女は、ほこりとシラミに埋もれていました。ろう者の老婆に育てられたために、ほとんど言葉を話しません。そして、目が見えないようでした。牧師の家に連れてこられた少女は、暖炉のそばにうずくまっています。防御の構えを崩しません。食事のときだけ、動物のように口を動かします。何をしても無表情。表情が現れるのは、顔をこわばらせて敵意を示すときだけでした。

「主よ、この不透明な肉体のうちに棲む一つの魂は、その中に閉ざされながら、あなたの恵みの光の来て触れる時を、待ち望んでいるに違いありません」

田園交響楽


 「田園交響楽」は、手記形式で書かれています。形式は、牧師の一人称による独白になります。そんな文体は、かえって、牧師の人柄を浮き彫りにしていました。

 牧師は、自分の家もままならないのにどうしてやっかい事を持ち込むのかと、妻から嫌味を言われます。牧師は、少女の面倒は自分が見ると宣言します。しかし、牧師自身の言葉により、少女の面倒が妻の手に委ねられたことが語られます。面倒はすべて妻に押し付けた牧師は、一方では、少女の愛は自分一人で独占しようとします。少女を音楽会に連れ出して「田園交響楽」を聞かせたりします。牧師は、妻を音楽会に連れて行ったことはありませんでした。

「仕方がありませんわ。わたし、盲に生まれつきませんでしたもの」

 牧師は、家の外では、道を歩くだけで尊敬されます。しかし、家の中では、身勝手な、どうしようもない男でした。

盲目の愛


 少女は、美しく成長します。牧師の息子が、少女に恋をします。牧師は、激怒しました。頭ごなしに、理由にもなっていないことを並べ立てて、息子を黙らせます。

「ジャックは非常にいいところがあって、彼を制するには、ただ「お前の良心に訴える」と言うだけで十分だった。彼が子供だった頃、私はよくこの手を使ったものである」

 妻や息子の態度は、牧師と少女をいっそう結び付けました。牧師は、神に仕える者の領域を踏み外して、少女を愛します。牧師は、「もし盲目なりせば、罪なかりしならん」というキリストの言葉を利用します。盲目の魂を導くことは、キリスト者としての義務だと、自分を正当化します。少女は、そんな牧師を慕いました。

パウロよりも神の近くに


 ストーリーは、少女が手術を受けて、視力を得ることにより展開します。盲目の愛は、少女が開眼することにより、終わります。牧師の頭に、パウロの言葉が立ちはだかりました。

「われかつて律法なくして生きたけれど、誡命きたりし時に罪は生き、我は死にたり」

 盲目の愛が終わり、少女が光を得たときに、罪は生まれるのか。

「けれど私は、キリストの言葉をあれこれと選びだてするのではなく、ただキリストと聖パウロとを並べた場合、キリストの方を選びとるだけの話なのだ」

 牧師は、パウロの言葉を捨てて、キリストの言葉だけに生きようとします。しかし、本能的に、それは屁理屈だとわかっていました。

「わたくしの愛が、よしんば人間の目には罪障とうつろうとも、ああ主よ、せめてあなたの目にとっては聖なるものだとおっしゃって下さい」

「わたくしは、罪という観念を越えようと努めております」

「あれにはわたくしの愛が入用なのです。……」

「ジェルトリュードの目があくというのに、わたくしの目がつぶれる思いです」

痴人の愛


「田園交響楽」は、開眼した少女が、自殺をすることで終わります。少女は、手術を受ける前に、カトリックに改宗していました。少女は、世界を見た瞬間に、「罪」を知りました。

「ほんとに、日の光がこうも明るく、風がこうもきららかで、空がこうもひろびろとしていようとは、夢にも思っていませんでした。けれどまた、人間の額がこうまで憂いをたたんでいようとも、決して想像していませんでした」

 解説を読むと、ジッドは、厳格なプロテスタントの家庭で育ったようです。生涯に何度もカトリックの門を叩きかけました。また、棄教して、マルクス主義に傾倒したこともあったようです。

 「田園交響楽」は、キリスト者の視点で読めば、いろいろな解釈があるのだろうと思います。「罪」はどこから生まれるのか、なぜカトリック者が自殺をするのか、なぜ清らかな処女が最後に死ななければならないのかなど、(みちまろにはわかりませんが)、大きなテーマなのかもしれません。

 「田園交響楽」の感想を一言で言うと、「痴人の愛」でした。「神の栄光を増す」とか、「神の王国を夢見る」とか、トルストイや、グレアム・グリーンや、三浦綾子や、遠藤周作らの小説から感じた視点は、(いい悪いは別にして)、「田園交響楽」からは、伝わってきませんでした。

 「田園交響楽」は、「神」のための文学ではなくて、ドロドロねちょねちょの愛欲を描いた、人間のための文学かもしれないと思いました。


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