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家族ゲーム/本間洋平のあらすじと読書感想文

2013年2月15日 竹内みちまろ 参照回数:

家族ゲームのあらすじ


 団地の5階に住む「ぼく」こと慎一は、だれもがうらやむa高校に通います。机の前にある窓から、中学生の弟・茂之が同じ団地に住む同級生のいじっめ子たちから暴行を受け、砂場に埋められる様子を一部始終、見ていました。家は、2人共用の部屋と、「安っぽい」ソファーを入れている居間と、台所という間取りでしたが、家に帰りつくと、茂之は、窓枠に両手にかけて、唾を吐き出します。慎一の高校受験のために作られた勉強用ボックスが揺れ、慎一は「いた堪(たま)れず」、「やめろよ、馬鹿なことは!」と声を掛けます。茂之は、振り向きましたが、また、唾液を吐き出しました。慎一は、「まだ苛められたことが頭から離れないらしい。弟は外ではできない自己表現を、今になって精いっぱい躰で表していた」と観察します。襖の向こうからは、「成績の悪いのは、仕方ないとしても、お友だちに、苛められること、ないと思うけど」「どうにも、困ったもんだ、あの馬鹿には」「女の子だったら、よかったのにねえ、……お父さん、今度の人は、なんとかしてくれるでしょうか?」という両親の話し声が聞こえてきます。

 茂之の家庭教師として、あまり有名ではない大学に7年間も通っている吉本がやってきました。母親は、「教科書を中心に、基礎をまず、理解できるようになれば、と思いますが」と口にします。慎一は、母親は昨日の面談で教師から言われたことを繰り返しているのだろうと思います。小さな自動車整備工場を持っている父親は、「兄はa高で、優秀なんだけれども、こいつは馬鹿で、困る。一つ、よろしく頼むよ」と大声で言いながら、はずみをつけて両手をテーブルに置き、「自分の役割はすべてすましたかのように」立ちあがります。吉本は、茂之に、「君は、本当に、成績を上げたいと、思うかい」と聞きます。茂之は、吃音のある言葉で、「ええ」「まあ」などと答えます。吉本は、「言うこと、ちゃんと聞くね」と約束させました。茂之は特に英語の成績が悪く、吉本は、「このページの単語、全部暗記してごらん」と言います。茂之は、単語を紙に書き始めましたが、慎一は、茂之は体中が英文を拒否しているに違いないと思います。茂之の表情が変わり始め、慎一は、「ほら始まる」と思います。茂之は突然、奇声を発し、居間を飛び抜けて、台所へ行き、母親の前を通り過ぎて、流し台と冷蔵庫の隙間にうずくまりました。

 過去5人の家庭教師は、茂之が逃げ回るとなす術をなくしていましたが、吉本はこれまでの家庭教師と違いました。吉本は、大声を出して茂之を追いかけ、「馬鹿、そんなところで、何、やってるんだ!」と、流し台のふちに手を掛けて動こうとしない茂之のほほに平手打ちを加え、茂之がひるむと、抱きかかえるようにして無理やり引っ張り出し、部屋まで抱えて連れ戻し、「どうして、逃げた? お前、お袋さんのところへ逃げれば、それで、すむと思ってるのか!」「おれは、そう簡単に、逃がさんぞ!」と、平手打ちや、蹴りを加えました。テーブルの前に座らされた茂之は、「もう、いいですよ」「勉強できなくても」と口にします。吉本は、「お前は、さあ、少し苦しくなると、逃げるのかい。もう、これからは、そううまくは、いかねえぞ」と、英語の教科書を広げました。

 吉本が家に来るようになってから、茂之は学校から帰らずに本屋でマンガを立ち読みして抵抗しても、慎一から茂之の居場所を聞いた吉本が飛んで行ってつれ戻すようになりました。翌日、吉本は、茂之がいることを見とめると、「今日は、いたな」と屈託のない大声で笑います。団地の暮らしは必然的に声を潜めさせ、口数も少なくさせるといいますが、慎一も大笑いをしました。慎一は、「大声を出したのは久し振りのことである」と思います。

 吉本は、月ごとに、茂之に、今月は「一年二年の総復習をする」「自分のことは、自分で発言し、自分で行なう」「口をきりりと結び、ニヤニヤ笑いはやめる」などの目標を紙に書き出させ、毎日、茂之に大声で唱えさせました。目標は、できなかったら、げんこつで殴ることにしました。慎一は、自分のことを自分でいえなかった茂之が、罰としてこぶしで殴られたあと、「二人はゲームの後のように、さわやかに笑い合っている」様子を観察します。もともと、暗記が得意で、集中力もあった茂之の成績はぐんぐん伸びていき、同時に、慎一は、窓から見える公園で幼稚園児が滑り台で遊ぶのを見て、自分には幼児のころに母親に連れられて公園で遊んだ体験が欠けているのだと思い、万引きをしたり、かつてはいじめられっ子だった小学校と中学校の同級生で現在は団地の周りでバイクのエンジン音を響かせている男を殴ったり、逆に、バイクに乗った連中に狙われ始めたりします。

 茂之の成績は、周囲が目を見張るほど伸び、3年間の成績の合計だとa高は難しかったのですが、次にいいb高校を受けてもいいのではというところまで上がっていました。しかし、茂之は、c高でいいといい、自分で志望校の変更を学校に告げませんでした。母親から頼まれた吉本は、慎一に案内してもらい、志望校の変更を頼みに学校へ行きました。担任の体育教師は、志望校変更は本人か親がするもので、代理の場合は委任状が必要と、相手にしませんでした。吉本は、茂之を呼んでくださいと頼み、茂之が来ると、職員室で、「馬鹿野郎! 高校も自分で決められねえ! 変更の手続きも自分でできねえ! 土屋とかなんとかいう野郎とも、喧嘩もできねえ! いったいどうなってるんだ!」と、職員室で大声を出し、茂之に平手打ちを加えました。吉本が「そんなことだから、お前は、徹底して、駄目なんだよ!」と、茂之を突き飛ばすことでひとまずの決着が付き、茂之は職員室から逃げ出しました。体育教師は、「そうですか、彼の成績を上げたのは、あなたですか」「結構です。話は、よくわかりましたから」と、あっさり、志望校を変更してくれました。吉本は、「失敗だった、おれのやり方は、……おれは、やっぱり、受け入れられなかったんだなあ、……」と、つぶやきました。

 茂之は、b高校に合格しました。慎一は、吉本の叱咤・罵倒・体罰は、職員室を訪れた日から影をひそめたと見ていました。吉本は、「君は、自分のしたいことを、早くみつけなけりゃ、いけないよ」と慎一へ笑い掛けます。吉本の家庭教師は終わりました。

 春が来て、新しい生活が始まりました。が、慎一は学校へ行かなくなり、父親は、慎一に、「この馬鹿野郎、いつまで寝てるんだ。高校にも行かねえ、寝てばっかりいる。茂之を見習え」と慎一の枕元でどなり散らし、しかし、それで自分の役割は終わったかのように、晴れやかに、仕事へ出て行きました。母親は、「あなたは、芝居や映画が好きだから、戯曲やシナリオを、書くとかね。……ほら、お父さんが、ああいう人だから。あなたがそういう仕事するの、お母さんも、昔やりたかったし、大賛成よ」と説得にかかります。慎一は、母親は父親を信頼していないと思い、自分が強迫観念のように優等生を演じてきたのは、自分のプライドや弟の不出来のためよりも、母親のこの心情のせいなのだと思います。「それは、言葉以前の仕草や表情によって、物心つく以前からぼくの頭のなかに、徐々に浸透し蓄積されてきていたものだ」。慎一は、「どう話してみても通じることはないし、またそんな気力を失せている。ぼくは面倒になりカーテンを勢いよく閉め部屋を出た」。慎一は、「ぼくは落ちて行く」と感じます。

 茂之も小学校からのいじめられっ子たちに暴行を受けたりしながら、しだいに、学校へ行かなくなりました。父親と母親は、学校へ行かない理由は聞かず、行きなさい、行きなさいとだけ口にします。母親が吉本へ電話している声が聞こえました。家庭教師を再び、頼んでいるようです。慎一は、母親から受話器を取り上げると、「慎一です、お元気ですか?」と話し始めます。吉本は、「おれ、何とかしてあげたいけど、一時的に強制しても、同じことなんだなあ。……結局、家庭という枠のなかでね、それぞれの人たちが、互に作用し合って、生きてきて、その結果、茂之君が、今のように、育ってきたわけなんだから」と告げます。茂之はどうなると思いますか? と問われると、「そうだなあ、まわりの生活環境自体を変えてしまうこと、難しいことだけどね、……そうじゃない限り、今後も、こういうパターンを、繰り返していくんだろうね」と告げます。

 父親は、「どいつもこいつも、馬鹿野郎で、俺は、そんなガキども、育てた覚え、ねえぞ!」と母親にあたりちらし、「お前、どういう気なんだ、早く学校へ、行けえ! 慎一、お前だってそうだぞ!」と怒鳴ります。茂之は、父親を無視するかのように殻に閉じこもり、反応しません。そんな茂之を、父親は、それなら俺の工場で働け、俺はお前の歳には修行してたんだ、と連れ出そうとします。茂之はようやく、浪人してa高校へ行くといいます。慎一は、それが当面の難を逃れるための茂之の嘘だと見抜いていましたが、父親は、「本当か、a高、受けるんだな」と納得し、「浪人なんかさせなくても、よいじゃありませんか」という母親に、「だって、仕方ねえじゃねえか。本人が、a高じゃなきゃ、嫌だって、言うんじゃ」と満足げに言い捨てます。父親の声を聞き、茂之は、小刻みに体を震わせます。母親は、「どうして、みんな、……私の言うこと、……聞いてくれないのかしら」などと嗚咽し、「慎一、……お願いだから、……母さんのために、……学校へ、行っておくれ」と涙を流します。

 慎一は、団地に隊列を組んでバイクのエンジン音をとどろかせる連中も茂之も、無意味で余計な苦労をこれからも、生きるために背負い続けなければならないのだろうかと思います。そして、慎一自身は、「何もかも決めかねている」。しかし、母親の嗚咽は、「ぼくの背中を刺すように、押すように聞こえてくる」

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家族ゲームの読書感想文


 『家族ゲーム』を読み終えて、父親や母親は、どんな家庭で育ったのだろうと思いました。

 『家族ゲーム』は、単行本が昭和57年(1982年)に刊行されています。高度成長の実感が庶民にも伝わり、生活がどんどん豊かになっていく時代でしょうか。計算すると、父親と母親は、戦争中か、戦後すぐの時代に生まれた世代と考えられるかもしれません。

 そう考えると、職人である父親は、見習いをしながら、厳しい時代を生きてきたようです。現在は、小さな自動車整備工場を持って、団地で家族を養っています。母親は、娘時代は文学に親しみ、芸術や芸能が好きだったようですが、今は、生活に追われています。ただ、『家族ゲーム』の家族はサラリーマン家庭ではありませんが、当時は、団地で家庭を築くということが、夢やあこがれの実現のようにも思われていた面もあるかもしれません。

 『家族ゲーム』には、両親の両親(茂之と慎一にとっては祖父母)が登場しません。別に住んでいたり、ほかの親戚と住んでいたり、あるいは、(戦争も含めて)死んだのでしょうか。両親に近所づきあいはあまりなく、親戚とも、あまし親しくないようです。

 父親は、自分のことにしか興味がなく、毎日働いて衣食住を確保していればそれで十分と考え、あとは好きな酒を飲んでいます。それでいて、いじめや不登校など、子どもに問題が起こると、めんどうくさがります。やることといえば、怒鳴り散らすだけで、実質、放任です。母親は、慎一は手のかからない「いい子」で、茂之の一番の理解者は自分だと思っていますが、実態は、父親の手伝いで子どもにはほとんど構っていません。慎一は、そのため、母親は茂之を理解しようとするよりも、常にかばうことを優先させてきたのであり、なぜなら、「その方が、手っ取り早く簡単な方法だからである」とみています。慎一いわく、「弟はぼくより、過剰な放任と過剰な愛情のなかで、育ってきたのだった」。それでいて、母親自身は、自分は教育ママのような(理解のない)母親とは違うと思っています。

 両親が子どもを育てる場合、手っ取り早い方法は、自分が育てられたようにすること、つまり、自分の両親を見本にすることだと思います。おちつきがなく、何事からもすぐに逃げ続ける茂之と、弟がいじめられる様子を覚めた目で観察する慎一は、まちがいなくゆがんでいます。その、ゆがみの原因は家庭にあることは明らかだと思います。ただ、その家庭のゆがみ、言葉を替えれば、父親と母親のダメダメさの原因は、どこからきているのだろうと、思いました。


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