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大人ドロップ/樋口直哉のあらすじと読書感想文

2014年1月7日 竹内みちまろ 参照回数:

大人ドロップのあらすじ(ネタバレ)


 8月。会社の先輩に連れられた若手の「ぼく」は、取引先の人たちと、打ち合わせを兼ねた食事の席に着きました。相手方の中にいた女性の笑い方が、高校生の頃に「ぼく」が好きだった入江さんと似ていたため、「ぼく」は気づいたら、その女性に、「枝豆と大豆って同じ豆だって知ってますか?」と尋ねていました。

 9月。仕事で出席したパーティ会場で、偶然、「ぼく」はその女性と再会しました。出身地が同じことがわかり、その女性は、「ぼく」が通った幼稚園を知っていました。幼稚園はお寺の隣にあり、お寺にはその女性の実家のお墓がありました。女性は、なぜ食事の席で枝豆の話をしたのかを「ぼく」に尋ねます。

 2人は店を替えました。「ぼく」は、「振り返るにはまだ、早すぎる。過去にすがりながら生きられるほど、現在は甘くないのだ」などと心の中で自分に言い聞かせていますが、「ぼく」が、高校生の夏に体験したクラスメイトたちとの思い出と「大人ドロップ」の話を語り始めました。

 ***

 高校生の「ぼく」は、いつもつるんでいる親友のハジメから、「今度の休み、どこかに遊びに行くか。お前、野中さん達を誘ってみてくれよ」と声を掛けられます。知性的なハジメは、小太りで背が高く、白い肌に黒く細いフレームのメガネをかけていますが、「ぼく」もハジメも社交的な性格ではありません。「ぼく」は、ハジメが、クラスメイトの入江さんが好きなのだとわかり、明るくて誰にでも気軽に話し掛けられるハルこと野中春に頼んで、入江さんを交えて4人で映画を見に行くことになりました。

 「ぼく」は、入江さんとは、入江さんが小学校に転校してきたときから知っていましたが、会えば、ひと言、ふた言、話をする程度の仲のようです。しかし、ハジメから声を掛けられてから、図書館で偶然、入江さんと会った際、入江さんが学校では結っている黒髪を下ろしていて、思わず視線をそらせてしまいました。

 映画を見に行く当日、「ぼく」はハルに約束の時間に10分ほど遅れてきてほしいと頼みます。ハジメと入江さんを、少しでも2人にする作戦でしたが、口下手なハジメの頼みで、「ぼく」は、ハジメがウォークマン風に耳にひっかけたイヤホンを通じて、携帯電話で離れた場所から会話を指示することになってしまいました。

 入江さんは約束の時間に来ました。ハジメに「二人は?」と声を掛けますが、ハジメは答えることができせん。「ぼく」は、「返事しろよ、バカ。まだ来てないとかなんとかさ」とせっつきます。しかし、ハジメは、入江さんから「晴れて良かったね」と言われてもまだ黙っています。あきれた「ぼく」は、なんか返事しろって…」などとまくしたて、ハジメは「わかってるよ」と声に出し、入江さんから怪訝そうにされます。ハジメはいきなり、「そういえばさ、昨日知ったんだけど枝豆と大豆って同じ植物だって知ってた?」と口にします。ハジメと入江さんのぎこちない会話が続き、ついに、入江さんから「ハジメ君。耳につけているの何?」と問い詰められてしまいました。入江さんは、「これって、人をバカにしている」と怒って帰ってしまいました。

 ハルからは「あなた達って、本当のバカなのね」とため息をつかれましたが、後日、「ぼく」は、入江さんを追いかけたハジメから、入江さんが、「ぼく」のことを怒っていないことと、学校をやめることを知らされます。「ぼく」は、ハルに頼んで入江さんの携帯電話の番号を教えてもらおうとしましたが、入江さんに聞いてからというハルが連絡をしても入江さんの携帯はずっと繋がりません。ハジメが入江さんのマンションの前まで行ったのですが、どうやら、入江さんは引っ越しをしたようです。「ぼく」は、入江さんに手紙を出しました。

大人ドロップの読書感想文(ネタバレ)


 「大人ドロップ」は、読み終えて、心がきゅるるんとしてしまいました。

 作中に登場する「大人ドロップ」は、幼稚園の先生が毎日1粒ずつ、「大人になるために必要」と言って子どもたちに配ったドロップのことですが、入江さんは、「ねぇ、わたしも今、あなたから貰ったドロップをもう一粒食べたら、すぐに大人になれるかしら?」と「ぼく」を見つめます。

 「ぼく」と入江さんに訪れた別れの場面では、「ぼく」は、入江さんの姿を見て、「綺麗だ」と心を震わせます。同時に、「もう遅すぎた」「彼女はもう大人になっていた」と感じます。図書館からの帰り道に「昔の人はね、匂いで天気がわかったんだって」と「ぼく」を振り返っていた入江さんは、もう、「雨の匂い」を感じていませんでした。「ぼく」は入江さんとの「別れ」が来たことを感じ、涙を貯めます。入江さんは、「さよなら」を告げ、「ぼく」をそっと抱いて、「ぼく」のほほに口づけをします。

 入江さんは、自分自身で時計の針を進めることができる人なのだと思いました。入江さんにはいっぺんに色々なことが起り過ぎて、それでも引っ越し先の小さな部屋に教科書だけは持ってきていて、自分で高校はやめると決めて、「しばらく住むつもり」と言います。でも、入江さんは、周りの誰かに期待したり、両親を含めた周りの人たちのことばかりにこだわったりする人ではありませんでした。ちゃんと自分の目で未来を見つめながら生きることができる人。言葉を替えれば、一人だけで生きることができる人。必要なら、好きな男の子にも「さよなら」を告げて、後ろ姿を見せ、別の場所に一人で行ってしまうことができる人なのだと思いました。

 ***

 大人になった「ぼく」が入江さんの話をしたとき、取引先の女性は、「一つだけわからないことがあるんですけど」と言い、どうしてその後、入江さんが「ぼく」に手紙を出さなかったのかと不思議がります。「ぼく」にも理由はわかりませんでしたが、「ぼくはかえってこのようが良かった、と思っているんです」と告げます。

 「ぼく」は今でも入江さんのことを大切に思っていて、ある意味、過去にこだわって後ろ向きに生きているところもあるのですが、入江さんは、「さよなら」を言ったあとに「ぼく」の前から完全に姿を消したことにより、結果として、過去にとらわれてしまうことから「ぼく」を救ったのかもしれないと思います。もちろん、入江さんがそこまで考えてそうしたわけではないと思いますが、自分の目で未来を見て自分の足で歩き出すことができる人は、後ろは振り向かないのだなと思いました。

 別れの場面、入江さんと「ぼく」は、「また、どこかで会えるといいよね。そしたらお互い大人になっちゃってて、わからないかな?」「わかるよ、きっと。いつだって、どれだけ時が経っても、どんなに外見が変わってもぼく達はお互いのことだけはわかると思う」「そうね」と言葉を変わします。

 取引先の女性は、大人になっても「ぼく」とハジメの友情が続いていることを知り、「良かった」と胸をなで下ろすように口にしていました。もしかしたら、取引先の女性は、入江さんなのかもしれないと思いました。


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