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いとみち/越谷オサムのあらすじと読書感想文

2013年12月22日 竹内みちまろ 参照回数:

いとみちのあらすじ(ネタバレ)


 高校に入学したばかりの相馬いとは、5月から、青森市内にある開店2年目を迎えたメイドカフェ「津軽メイド珈琲店」で、土日を使ってアルバイトをすることになりました。ローカル電車で1時間かけての通勤となりますが、いとは、青森市内は人の歩くスピードが速いと感じます。

 母の小織がいとが幼い頃の32歳で他界したため、いとは、77歳の祖母・ハツヱに育てられます。三味線の名人であるハツヱの技を受け継いで中学生時代には三味線の大会で審査員特別賞を受賞したこともあります。しかし、ハツヱは、弘前市内の大学で文学部の教授をしている父親の耕一ですら完訳を断念するほど純粋で古典的な津軽弁をしゃべります。いとの津軽弁は、地元の北津軽郡板柳町の人々ですら「は?」と聞き返し、同年代にはほとんど話が通じないほどになっていました。

 いとは、内気な性格で、津軽弁を笑われることが嫌でほとんど人と話さず、高校では一人でお弁当を食べています。しかし、引っ込み思案の性格をなんとかしたいのと、メイド服を着てみたかったため、「津軽メイド珈琲店」の面接を受けました。初めてメイド服に身を包み、鏡をこわごわ覗いたときこそ、「メイドさんだあ!」と心を躍らせましたが、しかし、顧客を迎えるときの挨拶「おかえりなさいませ、ご主人様」という標準語がどうしてもいえず、「ごスずん様」になってしまいます。高校はスニーカー通学で、慣れない革靴のせいで、お客さんの前で日に何度も尻餅をついてしまいます。

 そんないとは、27歳だがメイクをすると20歳そこそこにしか見えない知的美人の葛西幸子、快活な性格でいとを「あんた犯罪級のロリ度だよ」と評する福士智美、テレビと同じイントネーションの標準語を話す29歳の工藤店長、お店のオーナーの成田、ローカル電車の中で「対馬さん、バイバーイ」と手を振られても、言葉が喉の奥でつっかえてバイバイと返せなかったいとが勇気を出してしゃべりかけたことから(結果は言葉に詰まってしまったが)、友達になれたクラスメイトの伊丸岡早苗、三上絵里、対馬美咲、そして、「いとさんのプライバシーには立ち入らず、転ばないように見守りながら痴漢の接近を断固阻止する紳士協定」(「いと転協」)を結んだ「津軽メイド珈琲店」のヘビーな顧客たちに見守られながら、いつの間にか、メイド喫茶での仕事が好きになっていきます。

 しかし、そんな「津軽メイド珈琲店」に閉店の危機が訪れます。いとは大切な場所と人々を守るため、立ちあがります。

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いとみちの読書感想文(ネタバレ)


 「いとみち」は、読み終えて、心がきゅるるんとしてしまいました。いとは、今風の言葉で言えば、ドジっ子で、ヘタレで、犯罪級の天然ですが、「いとみち」の魅力は、キャラ設定や、主人公の成長や、ストーリーよりも、いとの内面世界にあると思いました。

 「いとみち」は、いとが「自分の言葉」を見つける物語でした。はじめのほうこそ、やれ秋葉原のメイドカフェがどうだとか、コミケがこうだとか書かれていますが、途中からそんな本編とは直接関係のないことは書かれなくなります。

 代わりに描かれ始めるのは、いとの心に起き始めた変化でした。

 幸子が、17歳で妊娠して18歳で娘を産み成人式のときには離婚して娘を2人きりになっていた打ち明け話をいとにする場面がありました。「津軽メイド珈琲店が初めてだ、子供が風邪をひいたときに休ませてくれる勤め先は」という言葉を聞き、いとは、幸子と娘が静かな時間が流れる幸せをようやく手に入れたことを知ります。いとは、もし幸子が年齢を理由に店を解雇される日がきたら体を張ってでも反対しようと決心し、同時に、そんな覚悟を決めている自分に静かに驚いていました。

 父親から津軽メイド珈琲店でのアルバイトをすぐに辞めるように言いつけられたときは、ここで言い返せなかったら店の人たちのことも、がんばってきた自分も否定してしまうことになると感情を爆発させます。しかし、それでもうまく言葉にして言い表すことができず、大泣きしてしまいました。「どうして父はわかってくれないのだろう。どうして自分はすぐに泣いてしまうのだろう…」

 そして、クライマックスは最高でした。いとは、ようやく「ご主人様」を標準語で言えるようになったのですが、練習の成果を発揮するときがきたら、口から出たのは「ごスずん様」でした。しかし、いとは、「ここぞという場面で標準語ではなく津軽訛りが出てきたということは、つまりそれが自分の言葉なのだろう。ならば、無理に矯正することもないのかもしれない」と、むしろ、晴れ晴れしく思っていました。

 その後、いとが迎える、ある一線を越えた人間が味わう“突き抜けた先にある向こう側の領域”、あるいは、異次元に突入したような“絶対的な時間”は、いとも体をゾクゾクふるわせていましたが、読んでいてきゅるるんとしました。いとが体験した世界は、いと自身の内面世界にしか存在せず、いと自身にしかわからないものかもしれませんが、いとから染み出る感覚は表現されて周りにも伝わります。

 「いとみち」は、いとの成長物語であると同時に、自分の中に価値基準を持って生きる人間と、その人間が持つ内面の芸術世界を、静かに描いた作品でもあると思いました。


→ 陽だまりの彼女/越谷オサムのあらすじと読書感想文


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