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おれのおばさん/佐川光晴のあらすじと読書感想文

2013年7月23日 竹内みちまろ 参照回数:

おれのおばさんのあらすじ


 東大合格者数ナンバーワンの名門私立中学・開聖学園に通う2年生の高見陽介は、両親と3人家族。しかし、水曜日に、大手都市銀行福岡支店副支店長で単身赴任中の父親・高見伸和が顧客から預かった3500万円を着服し愛人に貢いでいたことが発覚し逮捕されました。校長室に呼ばれてそのままタクシーで帰宅させられた陽介は、専業主婦の母親・高見令子に連れられて、金曜日には、令子の4歳上の姉・後藤恵子を頼って札幌に来ました。

 令子と恵子は、福井県小浜市の出身ですが、大人になってからは疎遠になっていました。令子は恵子にコンプレックスを持っているのですが、恵子は、陽介を恵子に預け自分は東京に戻って弁護士を探したり、お金の返し方を考えるという令子のほほを平手で殴り、「ふざけるんじゃないよ。早まったマネしたら、ただじゃおかないからね」と怒鳴りつけます。陽介は、令子が、生命保険で陽介の高校、大学進学資金を作るため、離婚手続きが終わったあとに死のうとしていることを感じていました。

 恵子は、型破りな伯母でした。実家は生粋の漁師ですが、恵子は理数系に優れ、両親のせめて地元の大学に通ってほしいという願いに耳を貸さず、一浪して北海道大学の医学部に進学。しかし、北大演劇研究会に入り、1年目・2年目と留年、3年目の2月に退学届けを出し、4年目に演劇研究会の後輩で2歳年下の後藤善男と結婚。「劇団魴ぼう舎」(HOBO−SYA、1文字目:へん「魚」つくり「方」、2文字目:へん「魚」つくり「沸」からさんずいを取る)を立ち上げます。しかし、善男の浮気がばれて離婚し、「劇団魴ぼう舎」は5年で消滅。恵子は、娘の花を一人で札幌で育てることにし、恵子と花を心配した福井の両親は家を引き払って札幌に越してきます。恵子の父親は、札幌に移ってきてすぐに脳出血で死にました。恵子は、ラブホテルや雑居ビルのトイレ掃除、児童養護施設のまなかいをへて、現在、施設からはじき飛ばされた中学生を少人数にしぼって受け入れるグループホーム「魴ぼう舎」(HOBO−SYA)を運営しています。陽介は、「魴ぼう舎」から、札幌市立北栄中学に通うことになりました。

 「魴ぼう舎」には、陽介を入れて男子8名、女子6名がいます。男子は、中3が4名、中2が3名、中1が1名。男女とも、2部屋ずつに別れ生活していますが、大学進学をあきらめていなかった陽介は、「魴ぼう舎」にいる中学生が、同学年の卓也を除いてろくに顔も上げられない様子を見て、自分のペースで暮らすことにしました。早朝に一人で起きて、ラジオの英会話講座を聞きます。開聖学園の生徒たちはみな栄養が行き渡った体つきと自信に満ちた顔つきをしていたこと、陽介の家もそれなりの中流家庭でしたが、ローンを払いながら居着くのではなく、親から受け継いだ財産の上に教養あふれる生活が乗った家の生徒たちの「家族ぐるみの力にはとうていかなわない気がした」ことなどを思い出します。

 「魴ぼう舎」の卓也や、同学年女子の奈津、ありさ、陽介が部屋に入ると口元をほんの少しゆるませる寝たきりの祖母・暁子おばあちゃん(73歳)、恵子とつながりを持ち続けている北大OBで、高校教師をしている石井克彦(46歳)や、奄美大島で島豚の養豚に取り組んでいる東京都職員の和田さん、和田さんの娘の波子、そして、東京の善男、北栄中の秀才・吉見や、吉見の取り巻きの大竹などと触れ合う陽介の生活が始まりました。

 「おれのおばさん」のストーリーは、「魴ぼう舎」の夏合宿で、中学2年生たちが奄美大島に行っている時、住み込みの24時間介護の仕事についていた令子が過労で倒れることで展開します。和田さんから、「陽介。つらいのはわかるけど、三分で気持ちを整えろ。いくつか話しておくこくとがあるから」と言われ、陽介は、「母はそれこそたったひとりで世間に放り出されていたのだ。しかも、おれは父にばかり思いをかけて、母など恵子おばさんの足元にも及ばないと平気で見下していた」と反省します。そして、恵子は、児童養護施設のまかないをしていた時から無気力な職員に詰め寄ったり、子ども同士のいじめをやめさせたりと、バイタリティーに満ちていましたが、「魴ぼう舎」の子どもたちを取り巻く問題をいくつも抱え、血を吐いて倒れてしまいます。そのことがきっかけで、結末へ向かう物語でした。

おれのおばさんの読書感想文(ネタバレ)


 「おれのおばさん」で一番印象に残った場面は、陽介が卓也と北大を歩いているときに、クラーク像の前で、卓也が「ボーイズ・ビー・アンビシャスか」とつぶやいたシーンでした。

 卓也は、養父母に「特別養子」として引き取られましたが、養父が死に、養母から虐待を受けました。「特別養子」では、養父母の戸籍には「長男」とだけ記され、養父母だけが両親として記載され、産みの両親の法的権利などは消滅する一方、普通養子では養子縁組を解消できますが、特別養子は縁組を解消できない制度です。卓也は、弁護士が自分名義の養父の遺産・1500万円ほどを管理してくれていて、中学卒業後はアメリカに留学したいことを明かします。陽介は、卓也が将来への明確な展望を持っていることに驚きました。卓也は、男は妻子を守らなければならないと常々口にして卓也を愛してくれた養父を誇りに思っていて、それだけを頼りに生きている所がありました。

 陽介は、いわゆる現代の中学生だと思いました。恵子を出会うことにより、「常に自分からしかけて人生を切り開こうとしてきた」伯母である恵子の生き方と、「いかに安全かつ裕福に暮らすか」を考え必死に選択してきた母である令子の生き方を比べたりします。「医師、弁護士、キャリア官僚、銀行員。いずれかの職業について、その世界での序列をかけあがる。それがこれまでのおれの望みだったが、考えれば考えるほど、自分が将来どうなりたいのかがわからなくなってきた」と悩み、さらに、父親の逮捕で、「今だって、叶うなら、恵まれた地位と高収入を得て、穏やかで波風の少ない生き方をしたい。しかしそれでは、いずれ両親と同じ轍を踏むことになるのではないか」とさえ危惧します。奄美大島では、波子と、「高給と引きかえに単身赴任を義務づけられたサラリーマンの夫と専業主婦の妻によって営まれる夫婦の満たされなさについて」話をしたりします。

 陽介には、どこにも「アンビシャス」がないではないかと思いました。父親逮捕(懲役2年の実刑が確定)で、家族が離ればなれになり、借金は残り、どうにもならないという状況はあるのですが、陽介を取り巻く大人たちも全員、陽介へ「大志を抱け」とはひと言もいいません。むしろ、陽介に、ままにならない人生を感じさせ、「ボーイズ・ビー・アンビシャス」という心を持つ余裕すら失っているとさえ思う姿を、陽介たちに垣間見せます。一方、アメリカへ行きたいと夢を語った卓也にしても、「北海道は好きだけど、やっぱり日本はいいや」と、せつない言葉をこぼしていました。卓也は、「大志」を抱いてアメリカに行くというよりは、日本にいたくないのかもしれません。

 陽介の悩みは、中学生が悩むことなのかと思いますが、子どもは大人の姿の鏡であることは間違いなく、大人たちにかつて一度も「アンビシャス」を抱いた経験がなく、また、少年に「大志」を抱け、と叫ぶ心が無ければ、子どもたちが「大志」など抱くはずはありません。クラークが、「ボーイズ・ビー・アンビシャス」を叫んだ時代には、「大志」が必要とされ、また、少年たちが「大志」を抱けるだけの社会があったのだと思いました。

 陽介は、祖父母が福井から家を引き払って恵子のために札幌に越してきたことを、家族はやはりそうあってほしいと、好意的に受け止めていました。懲役刑をくらった父親に対しても、単身赴任中に2週間に一度は家に帰ってきて母親にも陽介にも優しかったことを忘れず、陽介は、やはり、父親と母親と3人で暮らしたいと願います。陽介にとっては、先祖の墓がある土地や、代々受け継がれてきた家や、地域の共同体というものは何の価値もないのだと思います。むしろ、そういったものを投げ捨ててでも、家族がいっしょに暮らすことを願っていました。陽介が感じたように、先祖の墓がある土地や、代々の家や、地域の共同体という基盤に当然のこととして根を下ろし、裕福な生活を当たり前に享受している人間たちは自分たちの家族が同じように裕福であり続けるためにパワーを発揮します。一方で、陽介たちのような中流の家庭は、社会を良くするだとか、地域に参加するとかいう概念はまったくなく、家族がいっしょに暮らすことだけで必死なのかもしれません。そして、施設で暮らす子どもたちは、「大志」を抱いての結果ではなく、今いる場所から自分の存在を消し、誰も自分のことを何も知らない場所へ行きたいために、旅立つのかもしれません。

 なんだか否定的なことを書いてしまいましたが、「おれのおばさん」に登場する恵子は、そんな世の中でも、規格外の存在感を発揮していました。ネタバレになってしまいますが、ラスト・シーンで、施設の運営は性に合わない、芝居をやる、と宣言する場面は圧巻でした。恵子は理屈ではないのだと思いました。いうなれば、本能でしょうか。「芝居をやる。また劇団をつくるからね」という言葉は、目の前で起きていた争いを瞬時に止めて、周囲の人間を全員、黙らせてしまいました。デカイ、スケールがデカイ、デカすぎる! とにかく、恵子はでっかい人間で、そんな恵子にエールを送る陽介も、恵子の生き方から、(それは「大志」ではないかもしれませんが)何かを受け取ったのだと思いました。


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