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百瀬、こっちを向いて。/中田永一のあらすじと読書感想文

2014年1月15日 竹内みちまろ 参照回数:

百瀬、こっちを向いて。のあらすじ(ネタバレ)


 高校に入学した相原ノボルは、自分を「人間レベル2」と信じています。学力も運動神経も平均以下で、髪の毛も服装もダサダサ、コミュニケーション能力は子ども以下で、話題と言えばマンガとアニメくらいとのこと。活発で声の大きい連中の邪魔にならないよう、クラスの底辺で目立たずに過ごすのが身の丈に合っているとあきらめています。お互いに、覇気のない電球レベルと直感し合い、その直感が間違っていなかったクラスメイトの田辺と、いつも2人でつるんでいます。

 そんなノボルの教室に、バスケットボール部のキャプテンで、高校のプリンス的存在の3年生・宮崎瞬が入ってきました。「ノボル、話がある」と声を掛けます。2人は、幼なじみでした。

 瞬の登場に教室は騒然としましたが、瞬はノボルを、百瀬陽(よう)という女の子に引き合わせます。実は、瞬には、同じ3年生の神林徹子という資産家令嬢の彼女がいましたが、この百瀬とも付き合っていました。瞬と百瀬が一緒にいた所を目撃されていたこともあり、神林が、瞬を疑っているとのこと。瞬は、ノボルに、神林の疑いを晴らすために(というか、神林をだますために)、百瀬と付き合っている演技をしてほしいと頼みました。ノボルと百瀬の疑似恋愛が始まります。

 「野良猫のように挑戦的な目つき」をする百瀬は、校内では遠慮無く、ノボルに声を掛けてきます。「いっしょにごはん食べようか」「今日の授業、何時ごろおわる?」「そのころ屋上にいるから、よびにきて。いっしょに帰ろう」など。

 しかし、校門を出て少し駅の方へ歩いたとたん、百瀬は、いきなりノボルの指をふりほどき、すばやく数歩の距離をとって背中を見せます。「あー、きもちわるっ」「あんた、手汗がすごいよ?」「学校の外では話しかけないでくれる?」など。

 そんな調子で、疑似恋愛を続けることになったノボルと百瀬ですが、学校で2人でいるとき、瞬と神林に会う場面もありました。神林は、ノボルにやさしく話し掛け、百瀬には、「あなたが百瀬さん?」と声を掛けます。「なんで名前、知ってるんです?」と逆に聞き返されますが、神林と瞬は顔を見合わせて視線を交わします。

 ノボルと百瀬が恋愛を演じるようになってから1か月ほどたったころ、神林の提案で、4人でダブルデートをすることになりました。

百瀬、こっちを向いて。の読書感想文(ネタバレ)


 「百瀬、こっちを向いて。」は、読み終えて、思春期の少年・少女へ向けた作者の温かい“まなざし”を感じました。

 内向的なノボルと、誰にでも話し掛けられる百瀬は、正反対の性格ですが、ダブルデートの準備のために、百瀬がノボルの家に行く場面がありました。

 ノボルは物心ついたときから母親と2人暮らしで、母親もノボルのことを、この子はこういう子なんだとあきらめていたところがあるようです。ただ、そのノボルがガールフレンドを家に連れてきたということで、母親は大喜びし、お寿司の出前まで取っていました。

 帰りに駅まで送る時に、百瀬とノボルは言葉を交わします。

「お父さんの顔、おぼえてる?」
「全然」
「お母さん、いい人だった」
「ありがとう」
「私のこと、ほんとうによろこんでたみたいだったよ……」

 改札で別れるとき、百瀬は、ちょっと迷ったあと、ノボルに手を振りました。

 百瀬は、瞬のことが好きでたまらなくなってしまっているのですが、でも、心はやさしくて、ちゃんと、ノボルの気持ちを配慮できる子でした。自分さえ良ければいいという子でも、相手の気持ちを考えない子でもないところが、「百瀬、こっちを向いて。」を、さわやかな作品にしていると思います。また、ノボルも、自分のことをダメ人間だなんて思っていますが、3人でグルになって神林をだましていることに胸を痛めます。

 脇役の田辺も、瞬に「百瀬さんのことがほんとうに好きになったんだね」と声を掛けるなど、いい味を出していました。余計なことは言わず、「百瀬さんに連絡してみたら?」と告げ、「きみはほかにも、解決しなくちゃいけない問題がある」と疑似恋愛で神林をだましていることに後ろめたさを感じているノボルの背中を押していました。

 ノボルも田辺も内向的で恋愛には距離を置いていました。でも、人を好きになるという気持ちに関しては真っ直ぐでした。2人が人を好きになる気持ちを「怪物」だとかいって恋愛感情について語る場面は、古典小説の主人公や、叙事詩なみの情緒があり、読んでいるこちらが恥ずかしくなってしまいましたが、ノボルも、自分の言葉に自分であきれていました。でも、同時に、「不快ではない」と感じる感性も持っています。そんなノボルの気持ちを思いやることができる田辺も真っ直ぐで、純粋な男の子だと思いました。

 「百瀬、こっちを向いて。」に登場する主要人物は、ノボル・瞬・百瀬・神林・田辺の5人でした。瞬にはやると決めたミッション(使命)があり、資産家の娘としての育ちの良さを当たり前のこととして身につけている神林は、自分自身が幸せになることの大切さを知っています。瞬と神林はちょっと特別な存在でしたが、2人とも、誰かを傷つけたり、誰かを笑ったりするような人ではありませんでした。

 「百瀬、こっちを向いて。」は、大学を卒業しようとするノボルの回想という形で書かれています。今のノボルは、内向的だった時間を通過して、大人になっていました。高校生だったノボルや田辺は、それこそ、俺達は一生陽の当たらない場所で静かに暮らしていくんだなどというようなことを口にしていましたが、もちろんそれは、思春期ならではの感情であるべきで、作中で、誰かを傷つけたり、誰かを笑ったりするような人物が登場しないのと同じように、いい年をしても大人になれない人物も登場せず、人間のレベルだの、階級だのといった感情からも、ノボルをしっかり脱皮させていました。

 作者の大人になることの大切さへ向けた“まなざし”と同時に、大人になる前の思春期にあれこれと考えてしまう純粋な心たちを慈しむような、作者の温かい“まなざし”を感じました。


→ くちびるに歌を/中田永一のあらすじと読書感想文


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