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くちびるに歌を/中田永一のあらすじと読書感想文

2015年2月4日 竹内みちまろ 参照回数:

くちびるに歌をのあらすじ(ネタバレ)


 長崎県西部の海に140ほどの島が密集する五島列島(人が住む島は30ほど、約7万人)。その中の比較的な大きな島に、城跡を利用して建てられた海が見渡せる中学校がある(全校生徒数150人、1学年2クラス)。

 30歳の音楽教師で、合唱部顧問の松山ハルコは、新年度から1年間、出産と育児のために休職する。五島出身の松山ハルコは島で出産するが、出産予定は夏で、新学期の始業式の日、臨時教員として1年間、音楽の授業と合唱部顧問を担当することになった中学時代の同級生・柏木を合唱部の生徒たちに紹介した。「松山先生は、「じゃあ、みんな、がんばってね」「【くちびるに歌を持て、ほがらかな調子で】ってね。それをわすれないで」と言い残し、学校を後にした。

 東京からやってきた柏木先生は、高校まで五島列島で暮らし、音楽大学のピアノ科への進学がきっかけで上京。すらりとした輪郭の美人で、腰まである長い黒髪が特徴。オーケストラで弾いた経験もあるというが、本人いわく、「人間関係がいやになって、もうやめたよ」とのこと。卒業生が抜けて新しくスタートした合唱部は、7月末に長崎県内の地区コンクールが行われる「NHK全国学校音楽コンクール」(通称:Nコン)へ向けて活動を開始した。

 合唱部にはそれまで女子部員しかいかなったが、新年度に入り、柏木先生目当てで、1年から3年の各学年から2名ずつの生徒が入部した。そして、もう1人、第2音楽室まで段ボール箱を運ぶことを頼まれたことがキッカケで、ひとりで過ごすことに慣れた「ぼっち」のプロという3年生の桑原サトルも入部することになった。13名の女子部員に7名の男子部員を加え、20名となった合唱部の生徒達に、柏木先生は、Nコン課題曲の『手紙〜拝啓 十五の君へ〜』をよく理解するため、15年後の自分宛に手紙を書くという課題を出し、原稿用紙を配った。

 しかし、合唱部の活動が始まると、柏木先生は不真面目で「へたな男子は、口パクでごまかすとか……」などと口して、3年生で部長の辻エリに、にらまれる。男子生徒たちは柏木先生がいないと真面目に練習をせず、女子生徒たちは、男子抜きでNコンに出場したいと言い始める。が、2年生の福永ヨウコをはじめ何名かの女子部員が、少女漫画から出てきたような2年生の美少年・関谷に夢中になるなど、新しく生まれた男女の交友を満喫し始めた。女子部員は、男子肯定派と男子反対派に別れて反目するようになり、合唱部は部としてのまとまりを欠いていった。

 一方で、発達障害を持つ兄の世話をするために生まれたという桑原が、同じ3年生の巨漢で柔道部とかけ持ちをする三田村リクと、交友関係が広く、合唱部3年で小学5年生の時に愛人を作って五島から出ていった父親を持つ仲村ナズナの幼なじみ・向井ケイスケに、校舎の壁面に設置された外階段(とそこを利用する女子生徒の潮風に煽られてめくれ上がったスカートの中)を見渡せる「奇跡の場所」に呼び出され、3人でおしゃべりをするフリをしながら、女子生徒のスカートの中を覗くなど、それまでひとりぼっちで過ごすだけだった桑原に変化が生まれ始めた。

 3年生で、幼稚園の先生になるのが夢の博愛精神に満ちた美少女という長谷川コトミは、そんな桑原に気を配って話し掛けるようになる。長谷川は、桑原にパソコンの中のデータの消し方を尋ねた。

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くちびるに歌をの読書感想文(ネタバレ)


 「くちびるに歌を」は、柏木先生が赴任した間の1年間の物語でしたが、メインは、夏のNコン地区予選の場面でした。3年生の桑原サトルと長谷川コトミ、同じく3年生の仲村ナズナと向井ケイスケの物語が、辻エリと三田村リクを交えて併走する形で展開していきます。内容に関してはここまでにして、感想をメモしておきたいと思います。

 「くちびるに歌を」は、読み終えて、色々と考えさせられました。

 考えたことのいくつかを紹介すると、まず、ひとつ目は、“何のために歌うのか”ということを、合唱部の部員たちが、たとえ頭では意識していなくても、心で感じ、考えていた姿でした。何のために歌うのかと聞かれれば、Nコン長崎県大会への出場資格を獲得できる地区大会上位2校に入るため、というのが正しいのでしょうが、本番の舞台で生徒たちが取った作戦や、本番が終わった後に名残惜しくて会場から離れられなかった生徒たちが歌い始めた姿に触れて、“何のために歌うのか”の生徒たちにとっての“正解”は、“誰かに聴いてもらうため”だったのだなと思いました。誰かに聴いてもらうために歌うこと、そして、そのためにみんなで声をひとつにすることの理屈では説明できない輝きのようなものを感じました。

 もうひとつ書くと、五島列島に住む中学生たちにとっては、進路というものは切実で、中学生のうちからみんな、五島列島の高校へ進学するのか長崎や他の土地の高校へ進学するのかをしっかり考え、また、その先も、五島列島を出ていくのか、島に残るのか、いったん島を出ていつか戻るのかなどを自分の問題として考えていました。「僕たちの世界は五島列島の内側にあった」という桑原も、「けれどいつの日か、今はいっしょに歌っているみんなも、島の外側で生活をはじめるようになるのだろう」と感じています。

 そんな桑原ですが、本番の舞台で課題曲『手紙〜拝啓 十五の君へ〜』を歌いながら、「懸命に歌っている自分と、それを俯瞰してながめている自分が同時に存在した」とありました。自分の声が男声パートに溶け込み、男声パートがほかのパートとひとつになって音楽そのものになる瞬間を感じ、その歌声が大切な人に届いているだろうかと考えます。同時に、課題曲を歌いながら、自身の存在に原的負荷を感じざるを得ず、誰にも相談できずに孤独に結論を出さざるを得ない内面の悲しみをつづった15年後の自分への手紙の内容と、それを偶然読んでしまった長谷川の「おどろきとも、あわれみともつかない、複雑な顔」「見てはいけないものを見てしまった、他人の人生に自分は深く入りこんでしまったという、そんな後悔の表情」を思い出します。五島列島の中学生たちがいつかは島を出ることと同じように、桑原が手紙につづった内容は、たとえ自分に夢や希望があったとしてもどうにもならないことなのかもしれません。そして、柏木先生が出した15年後の自分に宛てて手紙を書くという課題が、桑原に、懸命に歌いながらもそんな自分から乖離して自分自身を徹底的に見つめることに導いたのかもしれません。

 でも、そんな五島の生徒たちだからこそ、今というこの瞬間を純粋に生きて、そして、輝くことができるのかもしれないと思いました。


→ 百瀬、こっちを向いて。/中田永一のあらすじと読書感想文


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