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武道館/朝井リョウのあらすじと読書感想文

2015年12月22日 竹内みちまろ 参照回数:

武道館のあらすじ(ネタバレ)


 東京の下町を流れる荒川の北岸付近に、4階建てのマンションが建つ。2階に住む日高愛子は、中学生の時に、母親に好きな人ができたため両親が離婚することになった。両親から「どっちと、一緒にいたい?」と尋ねられ、愛子は「大地といたい」と答えた。大地はマンションの3階に住む同じ年の幼なじみ。愛子の部屋の真上が大地の部屋だ。愛子は、母親に付いていかずに、父親とマンションで暮らし続けることになった。

 8月31日生まれの愛子は、幼い頃から、心の弾みに合わせて体が自然に動いてしまう女の子。歌うことと踊ることが好きて、テレビの中で、歌って踊っているアイドルに憧れていた。両親の離婚後、中学生の時に、芸能事務所グリーンアッププロダクションのオーディションを受け、高校1年生になったばかりの4月1日、6人組アイドルグループ「NEXT YOU」のメンバーとして、デビューイベントを、日本武道館が敷地内にある皇居・北の丸公園のイベントスペースで行った。

 「NEXT YOU」は、デビューイベントの際、センターの尾見谷杏佳(おみたに・きょうか)が、日本武道館にて、「セットを小さくして、一番人が入る状態にしてライブをやりたい」とコメントしたことで注目を浴びた。360度の客席が3階まである日本武道館は、中心にステージを据えて客席を全部使えば1万2000人の観客を収容することが可能で、セットを広げて3階席をつぶすなどすれば観客が6000人に満たなくてもライブをすることができるという。

 デビューから1年後、ソロでの仕事が増えてきた杏佳が卒業し、「NEXT YOU」は5人になった。

【「NEXT YOU」メンバー】

●日高愛子:高校2年生。自己紹介のキャッチフレーズは「歩くよりも早く踊り出し、産声は歌声だった、生まれつきのアイドルといえば〜? あいこ!」

●堂垣内碧(どうがきうち・あおい/本名:菅野あおい):高校2年生。結成以来、杏佳とダブルセンター。自己紹介でキャッチフレーズを使わず、自己紹介のコメントの声が他の4人と比べて小さい。

●坂本波奈(さかもと・はな):高校4年生だが留年したことは公言してはならない。最年長者でリーダー的存在。グループの中で唯一、1人暮らしをしている。

●安達真由(あだち・まゆ):高校1年生、梅味の茎わかめばかりを食べている。

●鶴井るりか(つるい):中学2年生。芸能コースのある私立中学に通う。お金持ちの家庭の一人娘。

 夏に、5人の水着グラビアが週刊誌に掲載された。「アイドル戦国時代」を象徴するため、面積の小さい水着姿で、頭に武将が被るような豪奢な兜を付けたスタイル。水着と兜のギャップが話題となったが、成長期の真由は5人の中で1人だけ、ビキニタイプではない水着で撮影した。ネットに、「【超絶悲報】でぶまゆ、ひとりだけ違うデザインの水着を渡される!!!」などと書かれた。

 真由は無理なダイエットを始めたが、デビュー前から、ダンス・振付を指導する先生が、静止するべきところで静止できない真由の体の動きを見て、「真由、いま変なダイエットしてるでしょ?」、「やめな、ダイエット」などと声を掛けた。碧も、「いま、高一でしょ。真由はね、太っているんじゃなくて、変化してるんだよ」、真由の身体が変わるのは足のサイズが変わるのと同じで「真由が何かをサボったり、なまけてるからじゃない」などと励ました。碧は「自分が恥ずかしいって思いながらしたことって、絶対、相手にも伝わるの。あいつ恥ずかしがってる、だから笑ってやろうって」とも。

 メンバーたちは努力を重ね、メディアでの露出が増えた。アニメ好きや、バラエティ番組で気の利いた発言ができるなど、個性や特色を出したソロ活動も出来るようになり始めていた。「NEXT YOU」は、学校の雰囲気を出すため、ライブを「授業参観」と呼び、握手会を「席替え」と呼ぶが、「授業参観」や「席替え」に若い人や女性が増えている手応えを感じ始めていた。

 「NEXT YOU」は、11月発売のシングルで、初めてオリコンデイリーシングルチャート8位を記録し、ランキングのトップ10入りを果たした。初回限定版には握手する時間が2倍になる特別券を付けるなどの策を練った「事務所の大人たち」の努力のたまものでもあった。愛子は、握手会にあまり話をしない人や「容姿がきれいではない人」が来たとしても「ファンとの触れ合いを苦痛だと思うことは、本当に、ない」。

 ランキングのトップ10入りを祝うため、波奈の狭いアパートの部屋に5人で集まり、たこ焼きパーティを開いた。愛子は、無料で見ることができるアイドルのライブ動画を見続けるうちに、自分がどんなアイドルが好きなのかが分からなくなっていることに気が付いた。

 「NEXT YOU」は、単独ライブで1200人収容のライブハウスを満員にし、碧は4月クールの連続ドラマに出演することが決まった。全曲の振付を変えることになり、メンバーたちは必死に覚えた。2月の半ばには、あるアイドルグループの握手会に参加した男が、メンバーと警備員に刃物で襲い掛かる事件が発生した。多くのグループが予定していたイベントを中止する中、「NEXT YOU」は、他のグループの中止で空いた会場を次々に抑え、セキュリティを強化し、握手券をチケットとした、握手会などの「接触イベントなしの、純粋なライブ」を行った。2月発売のシングルでは、オリコンデイリーチャート4位を獲得。3月最後の週末に名古屋でライブを行った際は、メンバー5人に対し、男女1人ずつの合計2人のヘアメイクが付いた。るりかと真由は「ライブでメイクさんつくの夢だったよねえ」などとはしゃいだ。

 愛子は高校3年生になった。小学校以来、大地と同じクラスになった。大地が所属する剣道部は、6月の県予選を勝ち抜き、8月4日から6日までの3日間に行われるインターハイに団体で出場することが決まった。愛子は、小学生の頃、日本武道館で、大地の剣道の試合を応援したことがある。6歳だった愛子は、日本武道館は、誰かの敗北や不幸を一番に願う人は誰一人おらず、みんなが誰かの勝ちと幸せを願う場所だと感じた。インターハイは、日本武道館ではなく、東京武道館で行われたが、愛子は、碧を誘って、大地の試合の応援に行った。

 「NEXT YOU」は、初のワンマンライブツアーとなる東名阪ツアーを開催し、8月31日に都内最大級のライブハウスで最終公演を行った。その公演に、愛子は、大地を招待した。父親も招待したが仕事のために来ることができず、父親は帰宅も遅くなった。8月31日は、愛子の誕生日でもあった。公演が終わった夜、大地は、プレゼントを渡しに愛子の家に来た。愛子は、「自分自身の手で、体で、ほんとうのことを知りたい」、「アイドルが恋をしてはいけないということは、私は生まれるずっと前に、知らない誰かが決めたことだ」などと思った。愛子は、大地と結ばれた。愛子は「この二人はきっと、いつか引き離される」と確信するも、「だけど今この瞬間が、これからの自分の人生で、どれだけ支えになるだろうと思うと、ただそれだけで、宇宙ほどある心の中が、あっという間にいっぱいなる」

 「NEXT YOU」は2期生も加入し、メンバーのソロでの活動も順調だったが、12月30日に開催された年内最後のライブで、最年長者の波奈が卒業を発表した。年が明けると、愛子は碧と2人で明治神宮に初詣に出掛けた。

 2月13日に開催されたニューシングルの発売記念イベントで、4月1日の「NEXT YOU」の3周年記念公演であり、波奈の卒業公演となるライブが、日本武道館で開催されることが発表された。

 大地は、体育教師になって剣道部の顧問になるという夢を叶えるため、大学受験を選んだが、すべり止めの私立大学にも、国立大学の前期試験にも落ちた。

 3月19日、大地から「明日、仕事?」とメールが届いた。「朝から仕事だよ〜」と返すと、「十四時くらいも、仕事?」とすぐにまたメールが来た。大地がそんな風にメールを送って来たのは始めてだった。愛子は、国立大学の後期試験の合格発表だと気が付いた。愛子は、勝手に返事を打ってしまわないように右手を握り締めた。15時半から武道館公演のスタジオリハがあり、メンバーが1人でも抜けるわけにはいかなかった。愛子は、「十四時くらいも、仕事。だから、わかったら、メールでも電話でもいいから教えて。すぐ教えて」と「正しい選択」をした。愛子はスタジオリハに参加したが、碧はスタジオリハを休んだ。

 ある週刊誌に、愛子が大地の試合を応援した際の写真や、大地の家に入っていく愛子の写真などが掲載された。「同じマンションのカレとファン裏切り親密デートの日々」などと書かれた。別の週刊誌には、碧と名古屋でヘアメイクしてもらった男性との関係が「名古屋のカレまで通い愛!」などと書かれた。愛子と碧は、日本武道館に立つことなく、「NEXT YOU」からの脱退を選んだ。

 12年後、「NEXT YOU」は、15周年記念公演を、4月1日に日本武道館で、1階席から3階席まで360度の座席を客席としたセットで行った。昼夜の2回公演で、約3万人を動員。リハーサルでは、まだ幼く見える13期候補生たちが、覚束ないパフォーマンスをしていたが、「15周年同窓会」と銘打った公演の夜の部は、昼公演には参加していなかった1期生の6人がサプライズで登場し、ステージでパフォーマンスを行った。

武道館の読書感想文(ネタバレ)


 『武道館』を読み終えて、「NEXT YOU」を脱退した後の愛子の人生が知りたいと思いました。

 名古屋でのライブの際、リハーサルを終えて本番を待つまでの間、愛子は緊張と焦りと高揚感がごちゃ混ぜになっている時間を過ごしました。学校の「教室の中で制服を着て過ごすだけの生活を選んでいたら、こういうヒリヒリとした時間が実はそんなに訪れないということに、愛子はなんとなく気づいていた」と書かれていました。愛子は、いわゆる普通の生活では味わえない密度の濃い時間を過ごしていたのだと思います。

 大地と結ばれた18歳の誕生日には、「女優になりたいわけでも、タレントになりたいわけでもなくて、歌って踊ることが好きで、だからアイドルになりたかったの」と大地に告げました。愛子にとって、アイドルであることが目的であり、もっといえば、アイドルであることすら、歌って踊るための手段でしかなかったのかもしれないと思います。

 小さな時からアイドルに憧れていた愛子は、アイドルになりました。「自分自身の手で、体で、ほんとうのことを知りたい」と感じた後は、アイドルであるにもかかわらず、合格発表を見に行く大地の側にいたいと願います。しかし、愛子は、アイドルとして「正しい選択」までして、感情を抑えてリハーサルに参加しました。

 歌って踊ることが大好きで、アイドルとして「正しい選択」までして、それでも、愛子は、アイドルであることを続けることができませんでした。愛子は自分自身に恥じることは何一つ無いのですが、それでも、アイドルであることを止めました。

 愛子がアイドルであることを止めた理由は分かりませんし、言葉で説明できることではないのかもしれません。ただ、愛子は、「なぜ」とか、「どうすれば」とか、「何のために」とか、「誰のために」とかを頭で考えたのではなく、心で、「止めなければならない」と感じたのではないかと思いました。自分ではどうすることもできない“世の中の無責任な残酷さ”とでもいうものに翻弄されることも含めて、18歳になったばかりの人間がこんなに濃い時間を過ごすことは、アイドル以外にありえるのだろうかとすら思いました。

 『武道館』の中では、「NEXT YOU」を脱退した碧が女優として成功していることが記されています。が、愛子の脱退後については、事務所を辞めて芸能界を引退したことと、早い時期に結婚したらしいことしか書かれていませんでした。碧については、熱心なファンである「サムライ」の、スキャンダルを含めた若い頃の苦々しい経験が現在の説得力のある演技の土台にあるのではないかという見解が紹介されています。碧はもともと女優志望で、アイドルになりたくてなったわけではありません。そんな碧は、アイドルを止めて、ほんとうの夢に向かって歩き出したといえるのかもしれません。

 しかし、愛子は、歌って踊ることが夢でした。アイドルであり続ければ、歌って踊ることができます。しかし、アイドルを止めなければならないという苦々しい経験をしました。芸能という、ある意味で幻想ともいえる世界からも引退しました。

 愛子は、現実世界で生きることを始めたのだと思います。そんな愛子だからこそ、アイドルを止めたあとにどんな人生を歩んだのかを知りたいと思いました。アイドルを自ら止めたという経験は、どんな人生の土台になったのかを知りたいと思います。

 「饒舌は銀、沈黙は金」という言葉もありますが、心に響くのは、「語られた物語」よりも、「語られない物語」なのかもしれません。早くに結婚したらしいということ以外、一切語られることのなかった、アイドルを夢見た女の子がアイドルを止めざるをえなくなり、アイドルとしてではなく、人間として生きた物語があるはずです。

 『武道館』を読み終えて、幼い頃からアイドルだけを夢見た愛子の、アイドルを引退したあとの物語が読みたいと思いました。


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