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おじいさんのランプ/新美南吉のあらすじと読書感想文

2012年3月8日 竹内みちまろ 参照回数:

おじいさんのランプ/新美南吉のあらすじ


 本屋の東一(とういち)は、かくれんぼう遊びで入った倉から、古いランプを持ち出し、おじいさんに見せました。眼鏡越しにじっと見つめてからやっとランプだと気が付いたおじいさんは、「こらこら、お前たちは何を持ち出すか」と、子どもたちをしかりました。

 夕暮に家に帰った東一は、居間の隅にランプを見ました。おじいさんは、ランプの話を東一に聞かせました。

 ***

 50年ほど前の日露戦争の時代、13歳の巳之助(みのすけ)は、人力車を引いて街へ出ました。巳之助は町で、生まれて初めて見たランプに心を奪われました。店主と交渉して、人力車の駄賃でランプを売ってもらい、村に持ち帰りました。天涯孤独の身だった巳之助はランプ屋として身を立てました。

 結婚して子どもが2人生まれた巳之助は、ランプ屋を続けていましたが、村に電気が引かれることになると、取り乱しました。しかし、「ランプはもはや古い道具になった」ことに気が付き、ランプ屋をすっぱりやめ、新しい街で、本屋になりました。

 ***

 おじいさんは東一に、「わしのしょうばいのやめ方は、自分でいうのもなんだが、なかなかりっぱだと思うよ」と東一に告げ、おじいさんの名前が「巳之助」であることを知っている東一は、「おじいさんはえらかったんだねえ」とランプを見つめました。

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おじいさんのランプの読書感想文


 「おじいさんのランプ」からは、時代の風とでもいうものが伝わってきました。13歳の少年がランプ屋をやろうと思い立ち、ランプの商売が繁盛するところは、文明開化の時代の勢いでしょうか。いっぽうで、人力車を引いて初めて街に出た少年が、ガラスのランプを見て、「このランプのために、大野の町ぜんたいが竜宮城かなにかのように明かるく感じられた」場面では、直前に、当時の村では夜は家の中は真っ暗になり、村人は家の大黒柱を手探りでさがしながら家の中を歩いたり、少しぜいたくな家でもかみさんが嫁入りのときに持参した行灯(あんどん)の薄暗い明かりに頼って生活していたことが語られますので、いっそう、ランプの明るさが引き立ち、文明開化の時代になってもなお村は貧しい暮らしをしており、それだけに、一つのもの、一つのことが大きく人々に影響したのだなと思いました。

 また、電気が村に引かれることになったあとのおじいさんの流儀もよかったです。おじいさんは錯乱して、区長の家に火をつけようとしますが、火打石でなかなか火がつかなくて、そこで、火打石は古い道具になりマッチに役割をとって変わられていたことに気が付きます。その後、現在の時間軸の中でも語られますが、すぐにランプの需要がなくなったわけではなかったのに、ランプを池のほとりの木にかけて明かりをともし、一つ、一つ、石で割り、3つまで割ったときに涙で狙いを定めることができなくなったというエピソードはうまいなあと思いました。

 東一にランプを見せられたおじいさんは、すぐにランプだと気が付かなったので、50年前のことは忘れてしまっていたようです。そこにも、昔にこだわらないおじいさんの思想がにじみ出ていると思いました。おじいさんの口からも「いつまでもきたなく古いしょうばいにかじりついていたり、自分のしょうばいがはやっていた昔の方がよかったといったり、世の中のすすんだことをうらんだり、そんな意気地のねえことは決してしないということだ」と、孫の東一に語りますが、文明開化という時代と共にそんなおじいさんの物語を描き、さらにそれを、回想として今を生きる子どもに語って聞かせるという構成をとっているところに、人間を見つめ、そして、子どもへ向けられた新美南吉のあたたかな「まなざし」を感じました。「おじいさんのランプ」の根底には未来へ目を向けて生きる人間のたくましさがあり、過去へ遡及する物語という作品の構成が、それをいっそう、際立たせているのだと思いました。


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