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土/長塚節のあらすじと読書感想文

2009年7月13日 竹内みちまろ 参照回数:


 「土」(長塚節/ながつか・たかし)という小説をご紹介します。新潮文庫に収録されていました。「土」は小さな文字がびっしりとつまって三百五十ページほどでした。読み終えるのになかなかの時間がかかりました。「『土』に就て」という序文(文庫本に収録されています)を書いた漱石は、「前後半日と中一日を丸潰しにして漸く業を卒え」たそうです。「土」については、この(たぶん)有名な漱石の序文がすべてを語っているような気がしましたので、ここでは、「土」を読みながら感ぜられたことを簡単に書かせていただくことにしました。

 「土」は明治時代の農民の物語です。一家があって妻は物語が始まってすぐに死んでしまいます。十四、五歳だった娘は労働力として農業をしこまれて、彼女が二十歳を越えたくらいで「土」は終わりました。幼い息子は学校へ通うようになり、あと、死んだ妻の父親である祖父がいます。ストーリーはと言われると、あれがああなって、これがこうなってと、書こうと思えばそれなりには書けるのですが、人物の行動や事件の推移に焦点を絞って書かれた作品ではありませんでした。言葉を変えると、エピソードが、ストーリーを構築することや人物を描写することのためではなくて、現象を描き取るために書かれていました。しかしそうはいっても、「土」はほとんど前知識もないままに読み始めたのですが、そう確信するようになったのは、妻が死んでからでした。それまでは、なんとなく、文章がぎこちなく感ぜられて、長塚節はこの「土」という作品をいったいどのような気持ちで書いたのかが読み取れませんでした。今回は「土」を読みながら持った違和感について、まとめてみたいと思われます。

 冒頭の二文を引用します。

「烈しい西風が目に見えぬ大きな塊をごうっと打ちつけては又ごうっと打ちつけて皆痩こけた落葉の林を一日苛め通した。木の枝は時々ひゅうひゅうと悲痛の響を立てて泣いた」

 擬人化していることは理解できましたが、ごうっといじめとおしたとか、ひゅうひゅうと泣いたとか書かれてしまっているので、その後の長い道のり(ぶ厚いページ数)を思ってだいじょうぶかなと心配になってしまいました。正直に言うと、小学生じゃあるまいし、などと頭をかいてしまったのが本音です。ただ、漱石が絶賛し、文学史にも深くその名が刻まれている作品であることは知っていました。なので、違和感はあったのですが、読み進めました。すると段落の最後の文では、「世間が俄かに心ぼそくなった」と書かれていました。自然描写を積み重ねて、最後に視点を地表に固定していく技法(映画の冒頭とかでよく、宇宙が映し出されてそれから銀河が映されて特定の星がズームアップされて海と地表が見えて、町が見えてくるというような技法)が使われていることがわかりました。ちなみに、この技法は冒頭からある時点までに散見されます。

 ある程度まで読むと、「土」が腰を充分に据えて書かれていることがわかりました。また、「与吉はお袋の懐に抱かれて碌に出もしない乳房を探った」と描写されていたのを見て、長塚節が、この一家が貧しいと説明してしまうことを避けて、説明を描写の中に埋め込んで描き出そうとしていることが伝わってきました。そして、冒頭から描かれていたのは、貧しい一家の妻が病気になって夫が出稼ぎ先から急を聞きつけて戻るという読者の興味に拍車をかける具体的なエピソードでした。しかも、夫は妻が死ぬと誰にも見つからないように注意をしながら土に埋められた肉の塊を掘り出して瓶棺に入れてあげたり、近所の女房たちは、自分のばかりじゃなくて高いお金を取って他人のもやっただとか、「罪作った罰じゃねえか」などと陰口を言ったりします。この妻は何をしたのだ、どんな謎があるのだと思わず身を乗り出しました。そして、読者に謎を提示したにもかかわらずに知らん顔をしてそのまま葬儀の場面の描写を続け、段落を改めてから真相を明かす呼吸は(今どきのエンターテイメント作家顔負けの)絶妙さでした。

 しかし、緊迫した現象や場面を描きながらも、どこか、文章にはぎこちなさが感ぜられました。一つは、書かなくてもよい、というか、文学的、あるいは、芸術的には、書かないほうが良いとされている説明をわざわざ書いてしまっている個所が散見されました。妻が死んだ次の段落の最後に、「杼(ひ)を乗せて置けば猫は渡らないと信ぜられているのである」という文が書かれていました。しかし、皆が泣く中で幼い息子は何が起こったかもわからずに妻の側で熟眠しています。祖父(妻の父)が、妻の手を胸の上で合わせてやり、杼を布団の上に乗せ、それは「猫が死人を越えて渡ると化けるといって杼は猫の防御であった」としっかりと書かれています。なので、「杼(ひ)を乗せて置けば猫は渡らないと信ぜられているのである」と改めて説明するまでもなく、それまでの描写で充分に「杼(ひ)を乗せて置けば猫は渡らないと信ぜられてい」たという現象が伝わっています。それにもかかわらずに蛇足でしかない「杼(ひ)を乗せて置けば猫は渡らないと信ぜられているのである」という一文を付け加えていました(しかも段落の中でここだけ語尾が現在形)。また、それまでじっくりと、夫が急を聞きつけて戻ってきた様子や、商人が来ても全部は売らずにお前が飲めといって玉子を妻のために残したり、床に着く妻を一生懸命にさすって妻は妻でそれがうれしくてしまいにはわざと体がだるいふりをして夫が出稼ぎに戻ってしまうのを先延ばしにしていたりする様子をじっくりと描いていたにもかかわらず、「彼はお品の発病からどれ程苦心してその身を労したか知れぬ」などと余計な説明のための一文を挿入して、読者をずっこけさせてくれました(他の人のことはわかりませんが、みちまろはずっこけました)。こういった文は、段落の後半や最後にひょっこり現れる傾向があり、そこだけ時制が違っていたり、視点が急に変わってしまっていたりする傾向があるように思われました。落ち着いた気持ちで、かつ、客観的な目で覚悟を持って推敲すれば作者自身であっても見つけだして、修正することは可能です。なぜならば、作者自身であれば、その文が違和感を持つ原因である筆者の心理状態を理解できるからです。例えば、一例を挙げると、書きながら、語尾が「た。」で終わる短文の積み重ねがリズムを崩すと思ってしまって急に現在形で終わる文を挿入してみたり、読者にわからないと思わせてはいけないという強迫観念に取りつかれて説明をしまくってしまうという悪循環に小説作者はときに陥ります。しかし、あとで冷静になってみれば、そんな心配は無用だとわかります。実際に、妻の死の場面とその背景が語られ始めた時点から、語尾が「た。」で終わる短文だけで構成させた段落がたくさん登場しますがそれは読者にはリズムの悪さなど感ぜられるどころかかえって小気味良いくらいですし、不要な説明も妻の死の場面とその背景が語られ始めた時点から突然に姿を消しました。違和感も不快感も何も感ぜられませんでした。

 もう一つ例を挙げるとすれば、段落の中で、文が改まったことにより(=「。」を挟むことにより)、場面がそうとうに飛躍していたことでした。夫が医者を呼びに走った場面では、「医者は一応見なければ分からぬといって五月蠅い勘次に返辞しなかった。お品の病体に手を掛けると医者はさすがに首を傾けた」というつながりがありました。しかし、前者では帰り道であったはずなのに、後者ではもう診察が始まっています。新聞に連載される小説なのか、書き下ろしの単行本なのかなど、発表される媒体や形式で、文体や、段落構成や、言葉の使い方が変わることは確かですが、ここだと、段落を改めて最初の文を「家に着いた医者はお品の病体に手を掛けるとさすがに首を傾けた」と始めれば場面転換がスムーズです。実際に、段落中の飛躍による違和感は、妻の死の場面とその背景が語られ始めた時点からは姿を消したような気がします。

 原因がどこにあるのかはわかりませんし、たんに長編小説を書き慣れていなかっただけかもしれませんが、個人的には、勝手な想像ですが、ある時点まで、長塚節は、気負いや、とまどいや、迷いを持って「土」を書いていた。しかし、ある時点から自分をそれらから解放した、そんな気がしました。結果として、「土」は冒頭付近にじゃっかんのぎこちなさや技術的な作為が感ぜられはしたもののそれは軽微にとどまり、読み終えて、覚悟を持って作品を描ききった作家の毅然と構えるまなざしが伝わってきました。それは、人からどのように思われるのかという迷いを断ち切って、自分が何を成すのかの一点に心を傾けた作家の魂のようなものに思われます。

 「土」の文庫本が三百ページを越したあとの段落の冒頭でも、西風の描写がありました。

「初冬の梢に慌しく渡ってそれから暫く騒いだままその後ははたと忘れていて稀に思い出したように枯木の枝を泣かせた西風が、雑木林の梢に白く連っている西の遠い山々の彼方に横臥(ね)ていたのが俄に自分の威力を逞しくすべき冬の季節が自分を捨てて去ったのに気がついて、吹くだけ吹かねば止められないその特性を発揮して毎日その特有な力がけいしょうな土を空に捲いた」

 繰り返し読まなければ意味内容すらもわからない文章ですが、読者を引き込まなければならない、読者を迷わせてはならない、読者におもしろいと思ってもらわなければならないという迷いを断ち切って、冬の枯木、春先に吹き荒れる突風、そして何よりも、空にまき上げられる土、作為やとまどいや評価(への恐怖)を捨てて、ただそれだけを描くと信念した魂が伝わってきました。

 「土」に書かれた内容は、人はなぜ生きるのかや、どうすれば幸せになれるのかや、それこそ漱石が描いた(近代的)自我の葛藤などとは無縁の人間たちのありのままの姿でした。漱石の言葉を借りれば、「苦しい百姓生活の、最も獣類に接近した部分を、精細に直叙したもの」です。ストーリーという点から見れば、遅々として進まないことは確かですが、ラスト・シーンでは、火災というアクシデントを起こして、それを契機として、登場人物たちの心に変化が芽生え始め、何かが変わる予感がします。「ジェーン・エア」や「続あしながおじさん」であれば火災が起こってすべてが丸く収まります。めでたし、めでたしです。しかし、長塚節は、その予感すらも、作為を捨てて淡々と描ききりました。こうあるべきだという思想、こうあってほしいという願い、こう描きたいという作為、読者に伝えたいという心、長塚節の中には、それらがあったような気がします。しかし、最後まで、意志を持って作為は消されていました。

 確かに、静岡県と山梨県にまたがる標高三七七六メートルの火山という現象が、「富士山」と名づけられた瞬間に静岡県と山梨県にまたがる標高三七七六メートルの火山という以上の意味を付与された事象(=観察しうる形をとって現れる事柄)になってしまうのと同じ次元の現象として、小説にされた時点でそこに描かれた事物は自然世界の現象から作為を持って切り取られた事象になってしまうことは事実です。しかし、長塚節は、意志を持って、事象をあたかも現象であるかのごとくに描きました。小説は、なんだかんだいってもしょせんは作り話、言葉を変えれば嘘でしかありません。「土」に風俗資料や民俗資料としての価値を求めるのには限界があります。なぜならば、描かれた事象が客観的な現象であることを証明することが不可能だからです。しかし、「土」は後世に残されています。文学的、あるいは、芸術的な価値があるからだと思われます。なぜ、「土」が読み継がれているのかは、「土」を読み終えた読者の一人一人が自分で答えを探さなければならないのかもしれません。漱石も同じようなことを書いていましたが、「土」という作品は、それだけでは半製品であり、読者が自分自身で答えを探し始めて、はじめて、完成品になるのかもしれないと思われました。

 漱石は、ある文士が我々は「土」など読む義務はないと言ってきたことを紹介して、「わざわざ断らんでも厭なら厭で黙って読まずにいればそれまでである。もし又名の知れない人の書いたものだから読む義務はないと云うなら、その人は唯名前だけで小説を読む、内容などには頓着しない、門外漢と一般である。文士ならば同業の人に対して、たとえ無名氏にせよ、今少しの同情と尊敬があって然るべきだと思う」と不快感をあらわにしていました。


→ 白き瓶/藤沢周平のあらすじと読書感想文


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