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図書館戦争/有川浩のあらすじと読書感想文

2012年8月10日 竹内みちまろ 参照回数:

図書館戦争/有川浩のあらすじ


 2019年(正化31年)、図書隊に入隊し、図書館防衛員を希望した笠原郁(いく・22)は、図書隊のエリート部隊・図書特殊部隊(ライブラリー・タクスフォース)への入隊辞令を受けました。図書特殊部隊は、普段は図書館が持つ、全国10地域にある図書防衛員の練成本拠地・図書基地に駐屯し、各図書館の要請に応じて出動。通常の図書館業務から、最大で双方50名程度の交戦となる武力抗争まで業務の幅は広く、ライフルやマシンガンらを装備しています。

 30年前の昭和の最終年、人権を侵害する表現の取り締まりを目的とした「メディア良化法」が施行されます。法務省に本拠を置くメディア良化委員会は、各都道府県にメディア良化委員会の代執行組織となる良化特務機関を設置。出版元への流通差し止め命令、マスコミへの放送禁止命令、あるいは訂正命令、インターネットプロバイダーへの削除命令らを発し、「住所不定無職のおじいさん」などの表現を推奨し、「こじきのおじいさん」など「好ましくない表現」を「検閲」することになりました。図書については、検閲は、取次に提出される見本誌データをもとに瞬時に行われ、図書に関する良化特務機関の主な役割の一つは、好ましくない図書を、書店や、公共図書館から没収することでした。代執行は、銃器で武装した良化特務機関により過激に行われました。

 一方、既存の図書館法に、章を付け加えることにより、図書館が、資料収集の自由や資料提供の自由を有し、不当な検閲に反対し、図書館の自由が侵される時、図書館は団結して自由を守ることが宣言されました。良化特務機関の示威行為がエスカレートし、また何者かによって「日野図書館」が襲撃され図書が大量に焼かれ、そのうえ、12名の図書館員の命を奪った「日野の悪夢」をきっかけとし、全国の主要な公共図書館が防衛力として、警備隊を持ち、武装するようになりました。メディア良化委員会と図書館との武力抗争は、公共物や、個人の生命や財産を侵害しないかぎりは、司法や警察も介入しない、超法規的性質を持つようになりました。

 笠原郁が、図書隊に入り、図書館防衛員を志望したのには理由がありました。郁は、高校3年生の秋、大好きだった童話の完結巻が10年ぶりに出版されることを知り、書店へ買いに行きました。しかし、積まれていたその本を手にした瞬間、良化特務機関の「検閲」が書店に入り、郁が手にした本も「問題図書」として没収されてしまいました。そのとき、関東図書隊の隊員が現れ、図書館法に基づく資料収集権を発動し、没収された図書を、「見計らい図書」と宣言することにより、本を「検閲」から守りました。郁は、図書隊員の背中を見て、「正義の味方だ」と心をときめかせました。それ以来、その隊員を「わたしの王子様」と呼び、その隊員に会うために、図書隊へ入隊したのでした。

 郁は、同期で同じく図書特殊部隊に配属された手塚光、同期入社で図書館員として武蔵野第一図書館に配置された柴崎麻子、図書特殊部隊の上司で教官の堂上篤と小牧幹久、図書特殊部隊隊長の玄田竜助、関東図書基地司令で武装組織・図書隊の創設者である稲嶺和市らとともに、数日間の工程の歩行訓練に出たり、市街哨戒に出て良化特務機関の「検閲」と鉢合わせしたり、メディア良化法成立過程に関する報道記録らを大量に有する「情報歴史資料館」から資料を受け入れたり、良化特務機関と激しい銃撃戦を繰り広げたりします。

 けっしてエリートではありませんが、まっすぐで、情熱的な郁の姿が、周りの人間たちに変化をもたらし、図書隊の闘いは続きます。

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図書館戦争の読書感想文


 「図書館戦争」シリーズの(1)『図書館戦争』は、まず、設定に圧倒されました。いまふうの言葉を使えば「世界観」でしょうか。図書隊と、良化特務機関は、激しい銃撃戦を交わす間柄なのですが、双方の「抗争」の目的が、そもそも、利権を奪い合ったり、相手を撃滅させたりすることではなく、良化特務機関が図書館を攻撃する目的は「好ましくない図書」を持ち去るためで、図書隊がそんな良化特務機関と戦うのは、図書を守り、図書館の自由を守るためです。それぞれが根拠となる法律を持ちますので、良化特務機関は、不意打ちはせずに事前に代執行の宣言をし、周辺の道路を封鎖するなどの配慮をします。図書隊は、あくまでも「守る」ことが目的。自分たちから攻めることはなく、専守防衛に徹します。また、図書隊が銃器の携帯や使用ができるのは図書館の敷地内だけで、図書隊と良化特務機関の銃撃戦で死傷者が出ても、罪に問われることはなく、公共の施設や、個人の生命や財産が侵害されないかぎりは、司法も、警察も介入しません。それが、日本国憲法が施行され、銃刀法が存在する日本国でのできごと。おまけに、図書隊員も、特務機関員も、根拠となる法規のもと、合法的な行為を、仕事として行っているにすぎません。なので、現場で銃を撃ちあって戦う隊員たちは、お互いに憎しみ合う必要もないのかもしれません。

 そもそも、図書隊員と、特務機関員は、「敵」どうしではなく、「相手」どうしなのかもしれないと思いました。降伏させるか、殲滅させることが目的の戦争では相手は「敵」にはなりえても、たとえば、スポーツ競技では、相手は「敵」ではありません。サッカーの目的は、敵を降伏させたり、殲滅させたりすることではなく、自陣のゴールを守り、敵陣のゴールを破る、そのためにボールを奪い合いことです。そもそも、サッカーは11人ではできません。野球も9人ではできません。相手チームがそろって(22人そろって、野球なら18人そろって)初めて「試合」をすることができます。

 「図書館戦争」で描かれていた「抗争」も、相手が存在して初めて成立するもので、司法も警察も介入せず、審判は存在しませんが、その代わりに、負傷して倒れた隊員にはそれ以上の銃撃を加えないなどの「取り決め」「協定」などの「ルール」が存在していました。そして、双方の目的は、「敵」を倒すことではなく、あくまでも「図書」を「奪い」そして「守る」ことです。表現の自由という概念は根強く、図書館や本というものは言葉では説明のできない説得力を持ちますので、図書隊のほうが「いい者」という印象は受けますが、もちろん、合法的にやべるきことを仕事でやっている特務機関を「悪者」にすることはできません。その辺りの設定が絶妙で、物語の中で起きる事件や「抗争」に説得力がありました。

 メディア良化法が成立してしまった背景や、いったん動き出してしまったメディア良化法が取り返しがつかないところまで走り続けてしまうというような現象が、シリーズ(2)巻以降で描かれていくのでしょうか。メディアの統制、検閲、その裏にあるカラクリや利権もにおわされていますが、特務機関と戦いながらも、図書隊のほんとうの「敵」は、攻めてくる特務機関ではなく、もっと深いところにある何かという構造も、現代社会を反映しているような気がします。そして、なにより、「わたしの王子様」を追い求める郁が魅力的。あと、「阪急電車」を読んだ時にも感じましたが、有川浩さんは、カッコでくくられたせりふの間に挟まれる地の分の書き方(心理描写や、状況説明の処理の仕方)が独特で、どんどん引き込まれました。「図書館戦争」も続きを読んでみたくなりました。


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