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ミニシアター通信 > あらすじ&読書感想文3 > 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年/アカ(赤松慶)について

2013年5月10日 竹内みちまろ 参照回数:

 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』は、主人公・多崎つくる(36歳)の再生への旅を描いた物語です。東京でエンジニアの専門職に就いているつくるは、名古屋出身で、名古屋の高校時代に、同級生のアカ(赤松慶)、アオ(青海悦夫)、クロ(黒埜恵理)、シロ(白根柚木)と5人組を作っていました。つくるだけが、駅舎建築の第一人者がいる東京の工科大学に進学しましたが、ほかの4人は、自宅から通える名古屋の大学に進みました。

 今回は、「アカ」こと赤松慶について考えてみたいと思います。

 アカは高校時代から成績優秀でした。が、勉強しているそぶりを見せず、一歩うしろに引いて周囲に気を配るタイプ。ただ、いったんこうときめたら、些細なことでも簡単に譲らないがんこさがあり、理屈の通らない規則や、能力に問題のある教師に真剣に腹を立てることもありました。負けず嫌い、短気なところもありました。父親は名古屋大学経済学部の教授で、東京大学に楽々入れる実力を持ちながら、自分も名大経済学部に進みます。

 つくるは東京に出た大学2年生のときに、突然、理由も告げられずに、4人から絶交を言い渡されるのですが、16年後、真相を知るため、かつての親友たちを尋ねます。アカは、新卒で入社したメガバンクを3年で辞め、サラ金系の金融会社に入社。銀行よりも自由に仕事ができましたが、上司や先輩たちとうまくいかず、かわいがってくれた社長にわびを入れて、2年で退社。金融会社社長に資金援助を受け、自己研修セミナーと企業研修を合体させたビジネスを立ち上げます。成功を収め、今では地元では有名人。

 アカよりも先に会っていたアオから、つくるは、アカのやっていることを好きになれない、と聞いていました。アカ自身も、世の中の大抵の人間は他人から命令を受けそれに従うことに抵抗を感じておらず、むしろ喜びを感じていることを学んだなどと、自嘲気味に語ります。アカのやっていることは、世の中の大抵の人間を、さも自分の頭で考えて行動しているように思わせつつ会社に都合の良い企業戦士に仕立て上げることといいます。

 アカは、立ち上げたプログラムを受け付けない人間が2種類いると、つくるに告げます。自分の頭で本当に考えることができる人間と、団体の規律に組み込まれることをよしとしない反社会的な人間とのこと。つくるは、アカのビジネスを、「社会に対する、君の個人的な復讐という意味合いもあるかもしれない。アウトキャスト的な傾向を帯びたエリートとして」と評し、アカを喜ばせます。

 つくるは、裕福な家庭に生まれ、専門職に就くエリートという、外からみれば、順調な人生を歩んでおり、作中でも、周りからそう見られていることが何度も繰り返されます。しかし、つくるは、精神的には、親友たちから絶交されてから、心のアウトキャストとなってしまっていました。

 アカも、つくると似ているなと思いました。アカは、メガバンクを辞めましたが、ビジネスを立ち上げて成功しています。名大教授という父親の名前とネットワークも利用して、足元をすくわれないようにしながら堅実にビジネスを運営しています。しかし、情熱や使命感はなく、覚めていました。

 アカは、いわゆる、見える人物、だと思いました。他人の心が見える、言葉に隠された本心が見える、制度に隠された意図が見える、他人を利用することしか考えていない心が見える……など。そんな人物なので、笑顔を浮かべる人間が腹の中に飼っている悪意も見えるのでしょうし、大衆的には善良で立派な人間たちが自分自身ですら気づかずに心の中に持っている醜さも見えるのだと思いました。

 アカはどうして、そんなさめた人間になったのだろうと思いました。もともと利発で頭も良く、勉強は真剣に取り組まなくても勝手にできてしまい、むしろ、周りの学友たちを、どうしてこんな簡単なことができないのだろうと、純粋に不思議がっていたのかもしれません。もちろん、そんな人間は嫌われてしまいますので、高校時代のような人格が形成されたのでしょうか。

 アカが名古屋大学に進学したのも印象的です。もちろん東大が全てではありませんが、東京という未知の世界に出てみたいという気持ちもあったのではと思います。また、負けず嫌いの性格なら、東大を受けたくならなかったのかなとも。家族と信頼の絆で結ばれているなら、未知の世界へも旅立っていけるものだとも思います。もしかしたら、アカは、父親のそばにいたい、父親に見とめてもらいたい、父親にもっと話し掛けてほしい、などと思っていたのかもしれないと思いました。

 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』では、アカの物語は多くは語られませんが、アカは、生い立ちや家庭環境にドラマがあるのかもしれないと思いました。


→ 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年/村上春樹のあらすじと読書感想文


→ つくるの旅について


→ アオ(青海悦夫)について


→ シロ(白根柚木)について


→ クロ(黒埜恵理)について


→ 悪いこびとたちにつかまらないように…


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