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夏の終り/瀬戸内寂聴のあらすじと読書感想文

2013年5月29日 竹内みちまろ 参照回数:

夏の終り/瀬戸内寂聴のあらすじ


 6歳年下の恋人で、夫の佐山の教え子である木下凉太との逢瀬のために夫の元を飛び出し、夫から言われた通り、凉太との恋に半年ももたずに敗れ、女一人の行きずりの生活をしていた30歳の相沢知子は、表紙画やイラストを頼まれる文学サークルの同人で、20年以上も売れない小説を書き続けている40歳の小杉慎吾から、旅に出ないかと誘われます。「こんな生活とはちがう。こんなはずじゃない」と酔って悪態をつく生活をしていた知子は、慎吾と箱根に行きます。知子の持ち金をすべて飲んでしまった慎吾から「いっしょに死んでくれないか」と言われ、知子は「……ええ……いいわ……」と答えます。知子には、それが夢の中の出来事なのか、現実の出来事なのかわかりませんでしたが、2人の8年に渡る逢瀬が始まります。

 慎吾は、知子が引っ越しをするたびに、引っ越し先にやって来て、妻子がいる海辺の家と、知子の元を泊まりわける生活をします。知子は娘時代に女子美術学校で覚えた染色に打ち込み、やがて、収入を得るようになります。いつのまにか、知子の部屋は、慎吾の「東京の仕事部屋」になり、慎吾の妻から所用の電話が掛かってくることもありました。慎吾は本意ではない読み物があたって奇跡的に金が入ったこともあります。しかし、その時期が過ぎると、さらに惨めな生活を送るようになりました。

 知子は、夏の終わりに、ふいに、慎吾の海辺の家を訪れます。また、12年ぶりに訪れてきた凉太との逢瀬を慎吾に話し、「こんなことでは、何も仕事が出来やしない。この夏、あたし何もしなかった。秋の展覧会のも、木の実会の出品展のも、何の準備もできていないの。厭なのよそんなの、だめになってしまう」などと、取り乱します。が、その度に、慎吾から「運動が足りないんだよ。散歩しなきゃだめだよ。また便秘しているんじゃないのかい」「旅行でもしてくるといい」などとなだめられ、次に知子の家を訪れる日を告げられます。

 8年の歳月の間に、知子の体には、慎吾との生活の習慣が染み着いていました。。それでも、知子は、住んでいる家を引き払い(後には、慎吾一家が入居)、一軒家を借ります。新しい生活が3か月程過ぎました。知子は家の雑事や、染色の仕事に追われます。慎吾は遠くなった知子の家を訪れることを億劫に感じていました。電話で話をするうちに、知子が小田原へ染色の型紙を借りに行くことを口にしました。「今、あそこじゃ、桜の盛りだよ、昨日、新聞に出てた」という慎吾に、「花、見に行かない」と告げます。知子と慎吾は小田原へ行き、花を見て、知子は、慎吾の腕に手をかけながらようやく慎吾との長い旅の終わりに辿り着いたような実感が起こり、我知らず、小さなため息をもらしました。

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夏の終り/瀬戸内寂聴の読書感想文(ネタバレ)


 『夏の終り』は、『あふれるもの』『夏の終り』『みれん』『花冷え』の4作からなる連作で、文庫には、別の短篇『雉子(きぎす)』が収録されていました。『雉子』の牧子も、知子と同じように、若い妻であったときに北京で終戦を迎え、売れない小説を書き続ける年上の男といびつに連れ添い、男が目を病むと、「目が見えなくなっても大丈夫よ。あたし、どんな雑文でも書きまくって、お金稼ぐわ。あなたも、あなたの家も養っていくわ。口述筆記できるじゃない。売れなくったって、いい小説書いて」と男に尽くしていました。文庫『夏の終り』は、昔、瀬戸内晴美さん名義で読んだ記憶があります。先日、買い求めたら、著者名が瀬戸内寂聴さんになっていました。

 『夏の終り』を含む4作は、読み終えて、撤退戦を描いた作品だと思いました。自伝的小説『愛人/ラマン』で知名の仏作家のマルグリット・デュラスさんの書く小説に通じるものがあると思いました。恋にしろ、結婚にしろ、生活にしろ、始めることはたやすいのかもしれませんが、終わらせるのは、膨大なエネルギーを必要とするような気がします。やっかいとなってしまったことから目を背けたり、忘れたことにしてしまったり、無責任に放棄したりという手段もありますが、物事の終わらせ方を見ればその人物の人となりがすべて見透かされてしまうような面もあります。物事をちゃんと終わらせることは、責任であり、突き詰めれば、誇りや、恥や、良心や、信義や、尊厳でもあると思います。このままではどうにもならないと思い続けてきた知子は、自分から恋を終わらせ、そして、日常に流れていく時間や、その中で積み重ねられていく習慣の中に、言葉では説明のできない説得力を感じたのかもしれないと思いました。

 一つ、印象に残っている場面があります。知子は、住みかを探すことを慎吾に告げたあと、何の気なしに、今知子が住んでいる家に、慎吾一家が引っ越してくれば、と口にします。知子自身も自分がそんなことを言ったことを忘れていたくらいですが、数日後、慎吾から、「来ても……いいってさ」と、慎吾の妻が現在の知子の家に引っ越すことを承諾したと告げられます。知子は、あとになって、「あの部屋に移ってくる決心をした慎吾の妻の胸のうちこそ、本当の地獄の火が燃えていなかったと誰がいえるだろう」と思い当たります。

 慎吾の妻は、『夏の終り』の中では、顔が見えない存在でした。登場することは多いのですが、知子が会いに行って不在だったり、慎吾に手紙を書き寄越したり、電話で所用を告げてきたり、知子が女学校時代の同級生から噂話を耳にする相手としてしか描かれません。しかし、慎吾の妻は、『夏の終り』のもう一人の主人公であり、瀬戸内さんは、女というものを描いたのかもしれないと思いました。


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