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太平洋の防波堤/マルグリット・デュラスあらすじと読書感想文

2008年1月6日 竹内みちまろ 参照回数:

太平洋の防波堤のあらすじ


 「太平洋の防波堤」(マルグリット・デュラス/田中倫郎訳)は、仏領インドシナ(現在のヴェトナム)が舞台の物語です。時代設定は、1930年前後でしょうか。仏領インドシナは日本軍に占領される前でフランスの植民地でした。仏領インドシナの町には、植民してきたフランス人が築いた高級住宅街があったようです。いまでも、アジアの各地にそういった情緒を残す街並みが残っているのかもしれません。「太平洋の防波堤」の主人公は16歳の少女です。兄と、母がいます。母は、教員でピアノ教師もしていました。夫と知り合って植民地で一旗あげることを夢見てインドシナに渡ってきたようです。しかし、夫は死んでしまいました。夫に死なれてからは、母は映画館でピアノを弾いたり、教師を勤めたりして、必死に働きます。15年間働いて貯めたなけなしの財産をはたいて、耕作することを条件にして官営の払い下げ地を購入しました。しかし、払い下げ地は、毎年夏に、高潮に襲われて塩びたしになってしまう土地でした。母には、有力な後見人がいなくて、助言をしてくれる知人、友人もいなかったようです。役人に賄賂を渡さなければ耕作可能な土地を払い下げてもらえないことを知らなかった母は、耕作不可能な土地を耕作を条件にして買わされていました。17歳になったヒロインがホテルを経営しているカルメンという母の友人に提案されて、高級地区を一人で散歩にでる場面がありました。ヒロインは、同じ年ごろの娘たちはみんなグループで連れだって歩いていることを知りました。テニス・ラケットを抱えている子もいて、みんな、私たちの町に迷い込んでしまったあわれなあの子はだれだろうという視線を向けてきます。男たちは、娼婦を見るような目つきでヒロインを観察していました。母親は、高潮を防ぐために銀行から借金をして、長大な防波堤を築きました。母親は、ある種の狂気に取り付かれていたようにも見えました。専門の技師から助言を聞いたりすることはしないで、自分で防波堤の建築を指揮しました。しかし、防波堤は、高潮が来て、一日で崩壊してしまいました。払い下げ地が耕作不可能なことも、防波堤が始めから無理なことも、全てをあらかじめに知っていた役人たちは、それでも、母親が払い下げの条件である耕作をちゃんとやっているのかを、毎年、視察に来ていたようです。それが役人たちの仕事であり、植民地では、そうやって甘い汁を独占するカラクリが出来上がっていたようです。ある年に、兄が、視察に来た役人に向かって猟銃をぶっぱなしました。それ以来、視察には来なくなり、警告状を送ってくるだけになったようです。一家は、どん底にまで落ちていました。「太平洋の防波堤」は払い下げ地に建てた家で、無気力に取り付かれた生活を送る、ヒロインと、兄と、母の物語でした。

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 「太平洋の防波堤」は、2部構成になっていました。第1部では、払い下げ地の家での出来事が語られます。第1部で語られる内容は、地の文で説明的に語られる母の生い立ちやインドシナに来るまでの経緯や、夫に死なれてからの境遇や、払い下げ地購入のいきさつや、防波堤の建築と崩壊などの物語の背景を除くと、ムッシュウ・ジョーという金持ちの跡取り息子と家族との交際がメインでした。交際と書くと聞こえが良くなるのかもしれませんが、実体は、ぼんくらで世間知らずなムッシュウ・ジョーがバーに来ていたヒロインにのぼせあがって、払い下げ地の家を一方的に訪問するだけでした。ヒロインは、一人では、ムッシュウ・ジョーとは会おうとはしません。いつも母親や兄の意向を確かめながら、ムッシュウ・ジョーを手玉にとっていきます。兄は、不良ぶりながらも妹を思う気持ちからムッシュウ・ジョーには心を開きません。野獣のような目でにらんだり、目の前でわざと無礼な態度をとったり、露骨にムッシュウ・ジョーを無視したりします。しかし、ムッシュウ・ジョーが高価な最新式の蓄音機を手土産に持ってきてから、屈折したプライドの隙間からは現実的なムッシュウ・ジョーの利用価値が否が応でも見えてしまうようになりました。母親は、ムッシュウ・ジョーをけしかけてヒロインと結婚させようとします。ムッシュウ・ジョーは、植民地で莫大な財産を築いた事業家の一人息子でしたので、ヒロインよりもふさわしい相手は山ほどもいますし、なによりも、抜け目の無いムッシュウ・ジョーの父親がこんな結婚を許すはずがありませんが、それでも、母親にとっては、ヒロインをムッシュウ・ジョーと結婚させることだけが希望になっていきました。ムッシュウ・ジョーは、家を訪問するたびに、ずっと部屋の隅で待たされたり、目の前で侮辱的なことを言われたりしますが、すぐに、ムッシュウ・ジョーはそんな扱いには慣れてしまっていました。足しげく家に通ってきて、ヒロインの足の指をマニキュアで彩ってあげたり、ヒロインをずっと見つめていたり、町のバーにムッシュウ・ジョーの車で行くためにヒロインがシャワーを浴びている浴室のドアの前に立って、一秒だけでもいいからドアを開けて一糸まとわぬ姿を見せておくれよと懇願したりしていました。ヒロインへの肉欲をどうしても抑えられなくなったムッシュウ・ジョーは、結婚の話にはふれずに、ヒロインを2人だけで旅行に行こうと誘います。ヒロインには指一本も触れないから、いっしょにいるだけでいいからと頼みます。もし旅行してくれたら好きなダイヤモンドの指輪をあげると言って、ヒロインの前に、ダイヤモンドの指輪をいくつも並べました。家の借金を全部払ってもおつりがくるくらいのダイヤモンドでした。ヒロインは、ダイヤモンドの輝きに心を奪われました。ヒロインは、それでも旅行は承諾せずに、それでいて、なげやりになってしまったムッシュウ・ジョーから、ダイヤモンドをもらうことには成功しました。兄の意向で、ヒロインは、ムッシュウ・ジョーに、もう家には来ないで、私の前には二度と現れないで、でも、ダイヤモンドは私のものよ、と最後通告を突きつけました。母は、まだ、ヒロインとムッシュウ・ジョーの結婚には未練があったようです。ムッシュウ・ジョーは、みじめにもリムジンに乗って帰っていきました。ダイヤモンドは家族の心をも変えました。ヒロインからダイヤモンドを受け取った母親は、「こんなけがらわしい娘をもって……」と爆発しました。ヒロインに跳びかかり、こぶしを固めて、残っていたありったけの力を込めて、ヒロインを殴りました。ヒロインが弁解したり、体を起こそうとしたり、疲れて椅子にもたれかかってあくびのひょうしに首がかくっと落ちてはっと眼をさましたりしたひょうしに、ヒロインを殴り続けました。兄は、家に一冊だけあった6年前の日付の「ハリウッド・シネマ」を無表情でめくっています。母は、ヒロインを2時間殴り続けました。

 第2部は、ダイヤモンドを売るために都会に出てきた一家のホテル暮らしがメインになっていました。母親は、ダイヤモンドを高く売るために、都会にあった宝石店をしらみつぶしに回っていました。払い下げ地の家から、そして、母親から解放されたいと思っていた兄は、一人で町に出かけてしまい何日も帰ってきませんでした。兄を溺愛していた母は、憔悴してしまいました。兄はその間にある金持ちの女と知り合って、その女に連れ出してもらう形で払い下げ地の家からは出て行くのですが、兄が町で女と知り合ってからの行動は、あとのほうで、兄から妹に向けた長いせりふを利用して語られていました。「太平洋の防波堤」は、ヒロインよりの一人称で、地の文では、基本的には、ヒロイン以外の人間の心理描写は超越した語り手の視点からの推量にとどめてあります。過去の出来事などでは、過ぎ去った事実として、母親の心が語られたりすることもありますが、語り手の視線は、第3者を傍観するような客観的な視線を基本としていました。

 第2部になって、ようやくに「太平洋の防波堤」のテーマが見えてきたような気がしました。「太平洋の防波堤」のテーマは、母の生涯、兄にとっての母からの解放、ヒロインにとっての母からの解放だと思いました。兄が母を捨てて家を出て行くことは、そのまま、兄とヒロインの別れに直結します。兄にとっての母からの解放というテーマは、ヒロインと兄の関係、もっというと、ヒロインの兄に対する潜在的な恋にも関係していると思いました。第2部のはじめのほうで、カルメンという女が登場します。一家が滞在するホテルのオーナーで、30代の独身の女のようです。ホテルには、船員や兵隊が女を連れ込むための専用部屋を作っていたり、自分も気に入った男を愛したり、ヒロインの兄の童貞を奪ったのもこのカルメンだったりと、はしたないのかもしれませんが意志を持って地に根を張って生きている女のように感じられました。カルメンの紹介で、ヒロインがバーナーという40歳くらいの事業家を紹介される場面がありました。バーナーはヒロインを妻としてぜひとも連れて行きたいと思います。ヒロインは、バーナーとデートしますが、バーナーのしぐさや言葉遣いの一つひとつを心の中で兄と比べていました。ヒロインは、バーナーだけではなくて、ムッシュウ・ジョーや、のちに出てきてヒロインを払い下げ地の家から連れ出そうとするアゴスティという男についても、いっしょに寝た時にも、心の中で兄と比べていました。

 第2部になると、兄とヒロインの母親に対する態度が変わっていました。第1部で語られた母がヒロインを折檻する場面では、母は、ある時期までは、ずっと兄を折檻していたことが語られました。しかし、いつのまにか母よりも背が高くなっていた兄が、殴ろうとする母の腕をとって身動きを封じてしまった時から、母は、兄を殴らなくなったようです。2年ほど前だと語られました。しかし、その代わりに、母はヒロインを殴るようになっていました。防波堤が崩壊してからは、折檻の度が過ぎていったようです。兄とヒロインに対する折檻は、ヒロインがダイヤモンドを手に入れた場面になって初めて語られました。何日もホテルを空けていた兄が戻ってきた時には、ヒロインは兄の言葉遣いがそれまでとは違っていることを感じました。ヒロインは、兄の変化には敏感です。そして、それまでは黙って殴られていたヒロインも、自分を殴ろうとする母の腕を押さえつけました。母は、それ以来は、兄も、ヒロインも殴ろうとはしなくなったようです。ダイヤモンドを売ることには成功したのですが、できたお金は、銀行の借金を返済したらほとんど残らなくなってしまっていました。母と兄とヒロインが、3人で払い下げ地の家に帰る場面では、母はホテルからの兄の一週間の不在もその間に兄がしていたことの目的もうすうすは分かっているようでしたが、母は、兄をとがめなかったことが語られました。物語世界に対して客観的な語り手は、地の文を利用して、「だが、これははじめてのことだが、母親はぜんぜん彼を咎めだてしなかった」と語っていました。兄は、迎えに来た女の車に乗って、払い下げ地の家からは出て行きました。ヒロインも、アゴスティに連れ出してもらう心でいました。ムッシュウ・ジョーには許さなかった体を、アゴスティには、許しました。しかし、ヒロインは、アゴスティーといっしょには行きませんでした。払い下げ地の家に残ります。そして、母が死にました。

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太平洋の防波堤の読書感想文


 「太平洋の防波堤」(マルグリット・デュラス/田中倫郎訳)のクライマックスは、母の手紙だと思いました。母は、賄賂と汚職のために出来上がっていた官営の払い下げのカラクリをあとになってから知りました。母は、役人に手紙を何十通も出していました。「太平洋の防波堤」がクライマックスに差し掛かると、母の手紙が紹介されました。母は、兄に、トラックの運転手に出してくれるようにと言って渡してほしいと手紙を託していました。手紙を読んだ兄は、出すよりも、自分が持っていたほうが、母のためには役に立つと思って、出しませんでした。兄は、いつか役人と遭遇した時に、役人を殺すことを忘れないようにするために自分が持っていようと心に決めていました。兄は、払い下げ地の家を出る前に、お前にも読んでおいて欲しいと言って、ヒロインに手紙を渡しました。手紙には、払い下げと防波堤によって全てを失った母の怨念が理路整然とした言葉でえんえんと書かれていました。それまでは、語り手の視点で語られる母の姿は、どちらかと言うと、おろかで、向こう見ずな人間でした。防波堤が崩壊した時には、三日間にもわたって寝続けたりと人生で困難にぶつかるといつも眠ってやりすごすような人物であったことや、自分が決めたダイヤモンドを売る金額に執着したり、ダイヤモンドを売ったお金で新しい防波堤の建設にとりかかるための融資を受けようと考えていたりする姿が、醒めた視線から語られてきました。このごろでは、絶望に慣れきってしまっていて、なにごとにも無気力になっている様子も語られているし、兄とヒロインがそんな母から離れようとする様子がいっそうの拍車をかけて、読んでいる読者である私も母という人物をどこか卑下しているような気持ちでいました。しかし、手紙を読んで、心がふるえました。そこには、無気力で絶望に慣れきってしまっている母はいませんでした。不正や不誠実に対する人間としての怒り、自分の生きてきた時間に対するこだわり、そして、15年間の人生の代わりに手に入れた払い下げ地に対する執念が書かれていました。

 第2部になると、「太平洋の防波堤」では、インドシナの様子がたくさん語られるようになりました。語り手は醒めた視線から、インドシナでは子どもがどんどん生まれて、それと同じ数の子どもがどんどん死んでいく様子や、死んだ子どもは泥の中に埋められることや、道路建設作業員に来た男は16時間働くいっぽうで、売春で家計を支える妻はねんがらねんじゅう夫を殴りつける監視兵の子どもを身ごもっていたことなどが語られます。インドシナの人間たちは、そんな生活に慣れきってしまっていて、殴られることにも、すぐに死んでしまう運命にある子どもを次から次へと生んでいくことにもなんの疑問も持ってはいませんでした。インドシナ人の母は、死んだ子どものそばでもう少し見ていたいと泣きます。インドシナ人の父は、しらみが死体から離れないうちにすぐに埋めなくてはならないと子どもを取り上げて泥の中に埋めていました。淡々とした口調で語られるインドシナの様子からは、何がよくてどうあるべきなのかは簡単には言えることではありませんが、どうにもならない現実というものを見せられたように感じました。そして、そんな様子をどこか蔑んだような心で、距離を置いて見ていた読者としての自分に、母の手紙を読んだ時に、気がつきました。母は、伍長と呼ばれるインドシナ人の労働者を最後まで解雇せずに雇い続けたり、インドシナ人の間で流れていた払い下げ地に子どもを引き取ってくれる女がいるという噂をたよりにして育てられない子どもを引き取ってもらいにインドシナ人の母がきた時には、子どもをひきとっていました。その子は、足が膨らんで、口から回虫を吐き出して死んでいましたが、母は、ゆりかごを作ってやり、兄が、そのゆりかごごと子どもを埋めていました。母は、役人に向けた手紙で、あなた方は知らないだろうけれどもと前置きをして、インドシナのそんな様子を役人に書いて送っていました。どこか醒めた目線から語られた地の文とは違って、母は血の通った人間としての憤りをきちんとした文章で書き綴っていました。「太平洋の防波堤」の中で、母の心が自分の言葉で直接に語られたのはこの手紙だけでしたが、それだけにいっそう、母の手紙は人間というものの怒りや誇りや尊厳というものを感じさせました。そして、その手紙を心に刻んだ兄と、ヒロインのうしろ姿も、いっそうに重くのしかかってきました。

 絶望に陥り無気力に取り付かれてしまった母や、野蛮で斜に構えた兄や、醒めた心でそんな母と兄との別れを受け入れるヒロインの根底には、人間というものへ向けるための純粋な視線があると思いました。「太平洋の防波堤」の中に書かれている現実はどうにもなりませんし、家族は崩壊するのですが、「太平洋の防波堤」をとおして描かれていたのは、うまく言葉では表せませんが、母と兄とヒロインという家族の中で生み出されて育まれていった心ではないかと思いました。小説にアウトプットされた文字情報の中には、作者の心というものは、無意識ではあったとしても、表れて、それが読者に伝わってしまうものだと思います。「太平洋の防波堤」に書かれていた内容は悲惨でおろかでどうにもならない現象ですが、「太平洋の防波堤」を読み終えて、そのような悲惨でおろかでどうにもならない現実を生きる人間たちを卑下するような心が感じられませんでした。それは、マルグリット・デュラスの心の中に、母と兄ヒロインをはじめとする登場人物たちや、インドシナの自然と人々に対して卑下する心がないからかもしれないと思いました。

 「太平洋の防波堤」は、母、兄、ヒロインの3人のほかにもたくさんの人物が登場しますが、3人を除くとみんなサブ・キャラクターでした。「太平洋の防波堤」では、主人公が活躍して、ストーリーがめまぐるしく展開してという種類の小説ではありません。ストーリーを展開させることよりも家族の間の会話や食事の風景などをていねいに描くことに重点が置かれていますので、表面的なあらすじや概要をまとめるとしたら、さほどには長くはならない文章でまとめられるような気がしました。第1部を、極端に簡単にすると、家族がいてムッシュウ・ジョーに出会ってムッシュウ・ジョーが家を訪問するようになってムッシュウ・ジョーからダイヤモンドの指輪をもらったことが書かれていました。いわゆる事件や、印象的なエピソードというものは、ないのかもしれません。みちまろは、つまらない小説をちょぼちょぼと書いたりしているのですが、小説の構成という観点からも参考になる作品だと思いました。


→ 愛人/ラマン/マルグリット・デュラスあらすじと読書感想文


→ 映画「狩人の夜」のあらすじと感想


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