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ミニシアター通信 > あらすじ&読書感想文2 > 中森明菜[心の履歴書]不器用だからいつもひとりぼっち

『中森明菜[心の履歴書]不器用だからいつもひとりぼっち』のあらすじと読書感想文

2007年11月14日 竹内みちまろ 参照回数:


 「中森明菜[心の履歴書]不器用だからいつもひとりぼっち」という本をご紹介します。一九九四年に発行された本です。みちまろは、子どものころから歌謡曲などに熱中したことはありません。歌番組を楽しみにした記憶もありません。でも、世代的なものでしょうか、中森明菜さんには特別な思い入れがあります。さすがに人前では歌いませんが、中森明菜さんの歌ならば空で歌えそうな曲がたくさんあります。テレビをつければいつも映っていたし、ラジオをかければいつも流れていたような気がします。好きな曲はいろいろとあるのですが、インパクトで言うと、二枚目の単独レコード曲である「少女A」が一番です。当時の中森明菜さんは、「少女A」の伴奏が始まると、アイドルらしい顔だちをくしゃくしゃにして笑顔を見せてくれました。ふっくらとした体をゆすって素人丸出しの安っぽい振り付けを開始します。しかし、歌詞が始まったとたんに顔つきが変わります。あてつけるように、思い詰めたように、突き放すように、普通の十七歳だとか、私は誰でもいいのだとか、関係ないわだとか、私は特別じゃないだとか、私はどこにでもいる女の子だとかいうようなことを歌い始めます。下目使いに視線を向けてくる瞳には炎が宿っていました。みちまろは、子どものころに見たあの炎が忘れられません。私事で恐縮ですが、みちまろが書くつまらない小説のヒロインの名前は、ある時期までは、ずっと「A子」でした。そんなことはどうでもいいのですが、「中森明菜[心の履歴書]不器用だからいつもひとりぼっち」を読んでみました。

 「中森明菜[心の履歴書]不器用だからいつもひとりぼっち」は、雑誌に連載された記事をもとにして、インタビューをした編集者たちが書いた本という形になっています。編集者たちは、ちょうど、中森明菜さんがトラブルにみまわれていたころに仕事で出会った人たちのようです。打ち合わせで食事をした時に、仲居さんにまで「大丈夫、やりますから」と気を使う(天下の)中森明菜さんを見て、そこまでしなくてもいいのではないか、そこまでしてしまうのには何か理由があるのではないかという疑問を持ち、その疑問を軸にして、中森明菜さんの生い立ちや、子ども時代、頂点に登りつめた時代、アクシデントやトラブルがやってきた時代、そして、現在(一九九四年当時)までが書かれていました。

 中森明菜さんの担任の先生が小学校に入学してすぐに全員に書かせた「しょうらい何になりたいか」という作文のエピソードが紹介されていました。中森明菜さんは「かしゅ」と書いたそうです。中森明菜さんは、「貧乏だったのよ、すごく。でもお母ちゃん、外にはすごく見栄があったの、だからみんなで出かける時は、必ずおそろいを着せて、おしゃれに見せてね。でも、うちじゃ、お下がり着てたし、ごはんだって食費切りつめて、キャベツ料理ばっかりとかだった」と当時を振り返っていました。「小、中と朝ごはん食べたことないの」という生活をしていた中森明菜さんは、家庭訪問の時に「うちにはこなくていいと、お母ちゃんが言ってます」と担任の先生に告げたそうです。中森明菜さんは、六歳のころに、「自分が歌うことで、みんなが喜んでくれるのなら、私は何でもやろう」と心に決めたことが書かれていました。でも、「ホントは私、保母さんになりたかったんだもの……」と心中も語られていました。「ただ……お金をかせげるのはタレントしかないって、思ってた」そうです。中森明菜さんは、六人兄弟の三女だったそうです。

「ここに自分がいるっていうことが、なんかおこがましくてしょうがないの。あのぅ……私なんか生きてていいんですかぁって、そんなふうに思えて……」

 小学校六年生になった中森明菜さんが自分だけの部屋を与えられた様子が書かれていました。四畳半の部屋を自分なりの感覚で飾りつけすることがこのころの唯一の楽しみだったそうです。小さな宝石箱や縁日で買った指輪などほかの人からはどういった物でもないのですが、「並べ方ひとつでキレイに見せるのが得意だった」ようです。中森明菜さんは、「物の位置がすこしでもズレていて、角度によっては美しく見えない状態が、嫌いだという」とのことでした。寸分の狂いも許せずにあるべき物があるべき場所にあってほしいと願う中森明菜さんは、もしかしたら、何かを渇望していたのかもしれないと思いました。

 中森明菜さんは、体が弱くて、寝込んだり学校を休んだりすることが多かったそうです。中森明菜さんは、「家族でどこかに出かけようって時に、私ひとりのためにダメになっちゃって、みんなにイヤな思いをさせる。私なんかいなけりゃいい、生まれてこなきゃよかったって、何度思ったことか……」と回想していました。

「お母ちゃん、しょっちゅう言ってた。『明菜さえいなかったら』って。お酒飲むたびに、言いだして泣くの」

 中森明菜さんは、「たとえばね、お姉ちゃんたちが学校から早く帰ってきてくれて、枕元で『明菜かわいそう、かわいそう』って、頭を撫でてくれる。でもそれも、あまりたび重なると、『かわいそう』って言いながら、どこかでイヤんなっちゃうなあって思ってる気持ちが見えるの。別に、お姉ちゃんたちを非難しているわけじゃないのよ。ただ人間って、そういうもんなんだなあ……って」と回想していました。

 でも、そんな悲しい思い出ばかりではありませんでした。中森明菜さんの初恋のような感情が書かれていた個所もありました。小学校の二年生になった中森明菜さんは、一つ下の妹の面倒を一人でみていたようです。末娘で甘えん坊だった妹を起こして、髪の毛を三編みにしてあげて、教科書を点検してあげて、教室まで送り届けていたことが書かれていました。でも、どうしても、遅刻してしまって、一年生の教室の扉を開けて、「中森明穂です。ごめんなさい。遅刻しましたっ。よろしくお願いしまーすっ」と元気にあやまって、自分も遅刻して教室に駆け込んでいました。その二年生の時に、隣の席に座っていた男の子がいたそうです。中森明菜さんが二週間近く休んだ後に登校すると、男の子は転校していたそうです。中森明菜さんの机の上には、ひな祭りのために隣の席の男の子たちが工作したひな人形が置かれていました。中森明菜さんは、「"そうかあ……、Tくんが作ってくれたのかあ……。"」と思ったそうです。

「帰ってきた私の表情を見て、お母ちゃんがね、『明菜、何かいいことあったんだね』って、私が言う前に、やさしく言ってくれて。あの時のお母ちゃんの表情、いまだに忘れられない。ポカポカ、あったかい日の午後だった……」

 中学生になると中森明菜さんは、なけなしのおこづかいを持ってレコードを買いに走ったそうです。日本じゅうの女の子がピンク・レディーの真似をしていた時代に、中森明菜さんは、矢沢栄吉、松任谷由実、カーペンターズなどを買っていたそうです。中森明菜さんが四歳から十四歳までの十年間に通ったバレエ教室でいっしょだった同級生が、カーペンターズのどこがいいのかを聞くと、十二歳の中森明菜さんは、「ハーモニーが素晴らしいのよ」と答えたそうです。テレビの人気番組であった「スター誕生!」には自分で葉書を送ったそうです。「スローモーション」という曲でデビューして、二枚目のレコード「少女A」が爆発的にヒットしました。

 「中森明菜[心の履歴書]不器用だからいつもひとりぼっち」は、中森明菜さんの成長を紹介したあとに、現在(一九九四年当時)の心境で終わっていました。中森明菜さんは、「結局、気を使わなきゃならないふうに育っちゃったんですね……」と視線を落としました。「近所のおばさんが花に水をやっているのを見て「キレイなお花ですね」とニコニコ話しかける。するとおばさんは「明菜ちゃんは優しくていいコだねえ」とほめてくれる。それが嬉しくてたまらなかった。何かあっても、「いいコね」と言われたいばかりに無理をして「イヤ」とは断らない。そうするうちにだんだんと「断れない性格」ができあがっていった」そうです。でも、その反面に、好きになった相手には自分をとことんまで信じてほしくて、文字通りに生きるか死ぬか、殺すか殺されるかの関係になってしまったこともあったようです。

「愛情をあまり受けずに育ちましたから。だからそのぶんね、よく孤児院なんかで育ったコが、絶対自分は温かい家庭をつくるんだって言ったりする、それと同じでね、ひとには絶対、イヤな悲しい思いをさせたくないの。
 それなのに、なかなか感情のコントロールができなくて……こんな自分に疲れちゃうんですよ」

 中森明菜さんは、「歌はやめて。普通の家庭に入りたいな」と思い続けていたようです。中森明菜さんは、「私、歌はヘタだと思う。すごく上手な方っていっぱいいるから。でも歌のイメージを伝えられるっていう自信だけはあるの。雰囲気を伝えられる自信だけは。すごく生意気な言い方になっちゃうけど、ひとって、うまい歌を聴きたいとは思わないんじゃないかな」、「私はやっぱりイメージのわく、何かを感じさせる歌をうたいたい」と語っていました。でも、「中森明菜[心の履歴書]不器用だからいつもひとりぼっち」を読み終えて、中森明菜さんにとっては、歌うことは、歌っている時にだけはイヤなことは全て忘れられるというような気持ちに根ざすものよりは、むしろ、自分の存在証明につながるような根源的な現象にまでなってしまっているのかなと思いました。そして、そんな個人的な思いとは別の次元の現象として、中森明菜さんの歌には、聴く人の心の根っこの部分をあぶってしまうような炎が宿っていると思いました。


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