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さよなら渓谷/吉田修一あらすじと読書感想文

2014年12月29日 竹内みちまろ 参照回数:

さよなら渓谷/吉田修一のあらすじ


 全長10キロに及ぶ桂川渓谷を流れる桂川のそばに、林に覆われた市営団地「水の郷住宅」がたたずんでいる。通称“奥団地”と呼ばれる。年金生活を送る老夫婦、独居老人、母子家庭などが、砂利敷きの広場をコの字を囲むように30戸ほど建てられている、老朽化が進んだ平屋家屋に住んでいる。

 2週間前、奥団地に住む立花里美の一人息子で、4歳の誕生日を迎えたばかりの萌(めぐむ)の遺体が桂川渓谷で発見された。住民たちの間では変質者の仕業ではとの憶測が広まったが、失踪当日の里美の行動と当初の供述との間の食い違いが明らかとなった。3か月前の桜が散り始めた頃に奥団地に引っ越してきた里美は、事件後、日に日に厚化粧になり、息子を殺された母親というよりは、とつぜん世間から注目を浴び浮かれている女にしか見えなくなった。逮捕状が出て、里美は刑事たちに連れられて行った。

 中堅出版社に勤める渡辺一彦は、事件後、車で奥団地に乗り込み、広場越しに里美を監視していた。ドライバー派遣会社の契約社員で運転手を務める30歳半ばの須田保が、里美の隣家に住む尾崎俊介に声を掛け、挨拶する光景を垣間見た。須田と渡辺は大学時代の野球部の同期生で、野球部の寮内で、連れ込んだ当時高校2年生の女性を、後輩を交えた4人で集団強姦し、執行猶予付きの実刑判決を受けていた。須田と渡辺は野球部を除籍になり、大学も退学になった。

 契約社員として工場で働く尾崎は、半年前から、妙に色っぽい内縁の妻・かなこと奥団地で暮らしている。事件に関しては黙秘を続ける里美が、尾崎と、男と女の関係にあったことを匂わす供述を始めた。かなこも、尾崎と里美が頻繁に関係を持ち悩んでいたという内容の供述をし、尾崎は刑事に声を掛けられ警察に連れ去られた。

 渡辺と、入社2年目の渡辺の部下の小林杏奈は、尾崎に興味を持ち、集団強姦事件と尾崎のその後を調べ始めた。

 尾崎は事件後、野球部の2年先輩の大杉のコネで、大手企業の桜川証券に入社。働きながら24歳の時に通信制の大学を卒業し、27歳で主任になるというエリートコースを歩いていた。時期営業部長の大杉の妹と婚約もしたが、突然、失踪し、警察に捜索願も出された。

 一方、女子高校生は、高3になるタイミングで転校するも噂が広まり友達はできず、事件後、娘を愛することができなくなった父親とも不仲になった。大学入学後に両親は離婚。大学卒業後、大手損保に入社するも社内恋愛した男の親が事件のことを調べ上げ、男が保身のために事件をバラし、会社に居ずらくなって退職。小さなリース会社に就職し、取引先の青柳亨と出会い、事件のことを打ち明けたうえで結婚するも、暴力を振るわれるようになり、ケガのため昭和会病院に入院を繰り返す。実家に戻る回数が増え、少なくもと2度救急車で運ばれ(自殺未遂と思われる)、その後、失踪していた。

 尾崎と須田を主犯格とする集団暴行事件から3年がたったある日、尾崎は、証券会社の仕事にもようやく慣れ、休みの日には通信制の大学の課題をこなす日々を送っていた。運転免許の更新のために会社を休んだ日、ふらっと入った映画館で偶然、被害者の女性を見かけた。池袋駅西口で、「俺、君に、きちんと……」などと声を掛けるも、「許して欲しいなら、死んでよ」と拒絶された。尾崎の頭から「許して欲しいなら、死んでよ」との言葉が消え去ることはなかった。一昨年の夏、偶然、集団強姦に参加した後輩の藤本尚人と会い、被害者女性が入院を繰り返していることを知った尾崎は、病院へ向かった。

さよなら渓谷/吉田修一の読書感想文(ネタバレ)


 『さよなら渓谷』を読み終えて、尾崎とかなこの歪(いびつ)な関係を心のどこかで羨んでいる渡辺の姿が印象に残りました。

 大学でラグビー部だった渡辺は、ケガのためにラグビーができなくなり、妻の詩織からは愛想を付かされます(というよりも憎まれてさえいます)。詩織は渡辺と別れても今更どうにもできないから離婚しないだけのようです。表面的には、平穏な夫婦なのかもしれませんが、実態は、歪なのかもしれません。

 一方で、そんな渡辺にとっては、尾崎とかなこが運命で結びついた2人に見えたのかもしれません。もちろん、重い過去を背負う尾崎とかなこにとっては自分たちが運命で結びついている2人などという認識はまったくないと思います。ひたすら、重い傷と過去を背負って、苦しい今を生きています。

 渡辺は、ラストシーンで、尾崎に、人生をやり直すことができて、事件を起こさなかった人生と、事件を起こしてかなこと出会えた人生を選択できるとしたら、どらちらを選ぶか? と問い掛けます。尾崎からの返答はありませんでしたが、渡辺は、自身の願望を反映して、尾崎が後者を選ぶのではと感じたのかもしれないと思いました。

 もちろん、描かれている集団強姦事件はあってはならないものですし、許されるものではありません。しかし、事件が起きたからこそ、尾崎とかなこは出会いました。そして、事件が起きたからこそ、尾崎とかなこの絆や関係が生まれました。運命の人を見つけ出し、絆や関係を築き上げていくことが人生だとするならば、尾崎とかなこは、本当の人生を歩み始めた2人だと思います。一方で、渡辺は、既婚者ですし、社会的には何ら後ろめたさや、いずらさを感じることはないのかもしれませんが、本当の人生とは無縁に、無為な時間を浪費しているだけなのかもしれないと思いました。

 渡辺の物語が存在せず、尾崎とかなこだけの物語であれば、「さよなら渓谷」は、贖罪や、許しや、良心、そして、「……私が決めることなのよね」と呟いたかなこの尊厳や再生の物語となったと思います。そこに、渡辺の視点が加えられることにより、読者の心に、より身近な物語として響くのだと思いました。


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