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苦役列車/西村賢太あらすじと読書感想文

2012年1月6日 竹内みちまろ 参照回数:

苦役列車/西村賢太のあらすじ


 19歳の貫多は、日当5500円の港湾労働で生計を立てている。生計といっても、飯と、酒と、たばこと、たまに行くソープランドがほぼすべて。住む部屋は、三畳か四畳半でトイレ共同、風呂無し。そのアパートも、家賃滞納を理由に追い出されることもしばしば。小心者だが自分よりも弱い者の前ではとことん尊大になる貫多は、勉強はダメで、おまけに小学5年生の時に父親が性犯罪で逮捕され、一家は崩壊。母親に連れられ、生まれ育った家を夜逃げ同然で姉と共に逃げ出し、中学を出てから、日雇いの賃金と、母親への無心で、食いつないでいる。

 2日間仕事をしなかった3日目に現場へと向かうマイクロバスに乗った時のこと。隣に座った同学年の専門学校生・日下部から「これ、どこに行くんですか」と声を掛けられた。長く他人と会話をしていなかった貫多は、ドギマギしながらも、平和島へ向かっていることを教えた。日下部と言葉を交わした日から毎日、日雇いに出るようになった貫多は、日下部を仕事帰りの一杯に誘うようになった。

 貫多と日下部は現場で「倉庫番候補」に昇格した。力仕事から解放され、同じ天引き金額200円で弁当よりも立派な食事を社員食堂で取ることができ、そのうえ、フォークリフトの免許も取得させてもらえるというおいしい立場。貫多はひと月を過ぎても休むことなく仕事に通い、無二の親友のような態度で日下部に接するようになった。

 たまたま仕事が4時前に終わった日、貫多は日下部を半ば強引にノゾキ部屋に誘った。2500円に2000円を足してギャルに手でしごいてもらったが、日下部はどこかわだかまりを持った様子。しかし、そんな日下部にはお構いなしに、ソープランドやファッションマッサージにしばしば誘う。金回りが悪くなった貫多はアパートを追い出され、日下部のワンルームの部屋に泊めてほしいと頼むが断られ、その代わりというような恩着せがましさで日下部から5万円を借りる。また、日下部に同じ歳の大学生の恋人がいることを知り、悪態をついて日下部にからむ。日下部は「本当にお前は扱いにくい奴なんだな」と、貫多をやっかい者扱い。しかし、それでもまだ貫多との付き合いに距離を置くまでには至らなかったが、貫多、日下部、彼女の3人で野球を見に行ったときに、やけを起こした貫多が日下部の彼女に「週一でしかこいつと会ってないんじゃ、やっぱりあれか。もっぱら、オナニーかい? オナニー、なのかい? どうなんだ」などとからんだことで、貫多と距離を置くようになった。

 貫多との付き合いはやめた日下部だが、職場では貫多と言葉を交わした。日下部はフォークリフトの免許を取得していたが、貫多は社員に反抗的な態度をとったことがきっかけでもとの力仕事に戻されていた。あげくのはてに、職場でけんかをして、出入り禁止。日下部も、学業を優先させると職場を辞めることにしたという。

 日下部とは、年賀状のやりとりが続いた。日下部は恋人と入籍し、郵便局の職員になった。貫多は、「相も変わらずの人足であった」。

苦役列車/西村賢太の読書感想文


 『苦役列車』は、芥川賞の受賞作として読みました。読み終えて、きれいにまとまった作品だなと思いました。いっぽうで、それまでの西村賢太さんの作品の中にあった“凄み”のようなものが、最後の一文をのぞいては、消されている作品だなと思いました。

 『苦役列車』は3人称で書かれていました。西村賢太さんも「受賞のことば」で「自らの恥辱を他人事のように記してのける」と書いています。苦役列車では、作者である西村賢太さんが作品の中の主人公と距離を置き、冷静に客観視しているように感じました。

 まずは、語り方から。

 初めてマイクロバスに乗った日下部から貫多が話し掛けられた個所に、「ハハア、こいつ今日が初めてだな、と値踏みし、(平和島の別名は、地獄の一丁目と云うんだけどね)なぞお腹の中で呟きつつ、」とありました。この場面の「()」は心の中の描写なのですんなり読めました。

 ただ、日下部の人物説明の個所では、

「“何かの専門学校”とは妙な言いかただが、これは日下部はそのときハッキリと、何々の、と言っていたが、そうした自分とは無縁の世界に一切の興味がない貫多は、これをまるっきり聞き流してしまい、」

 とありました。語り手が貫多なのか、いわゆる物語の語り手なのか、また、『苦役列車』が回想の物語であることはわかるのですがどの時点からの回想なのか(例えば5年後からなのか、10年後からなのか)がわからなくなりました。

 それが、中盤に貫多がアパートから追い出される場面があり、そこに、

「今後分割での支払いの債務を負った飯田橋の宿をあとにしてきたが(これも、その後は僅かな額を入れたきり、半ば踏み倒したかたちとなってしまい、それから四半世紀を経てた現在も残りの額は払っていない)、彼にしてはやや長い期間を過ごした場所であるだけに、」

 とあり、語り手は25年後の時点から物語を語っていることがようやくわかりました。

 またここでの「()」の使い方が、心の中の描写ではなく、説明だったこともインパクトが強かったです。

(平和島の別名は、地獄の一丁目と云うんだけどね)

 という「()」でくくられた文は、削ってしまったら作品が成立しなくなる可能性がありますが、

(これも、その後は僅かな額を入れたきり、半ば踏み倒したかたちとなってしまい、それから四半世紀を経てた現在も残りの額は払っていない)

 という「()」でくくられた文は、削ってしまっても作品は成立するような気がします。

 ラストの段落にしても、誰も相手にせず誰からも相手にされず藤澤C造の作品コピーを尻ポケットにしのばせる姿からは、語らないことで語ることの“凄み”のようなものを感じました。でも、そこで作品を終わらせるのではなく、最後にちゃんと

「確たる将来の目標もない、相の変わらずの人足であった」

 と、なにか時代がかった劇画のような文(とみちまろには思えた)を付け加えて、わざと、“凄み”を消して、きれいに口直しをして作品を終わらせていたように感じました。

 芥川賞候補になった『焼却炉行き赤ん坊』(『小銭をかぞえる/焼却炉行き赤ん坊』→Amazon)では、西村賢太さんは、一人称で熱く、かつ、ストレートにラストシーンを語っていた印象があります。『焼却炉行き赤ん坊』を読み終えた時は、“この作者、スゲエ”、とちびってしまいましたので、『苦役列車』は、もちろん先入観あってのことですが、上手にまとまった作品だと思いました。


→ 共喰い/田中慎弥あらすじと読書感想文


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