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映画「レ・ミゼラブル」の感想と時代背景(フランス革命)

2013年3月3日 竹内みちまろ 参照回数:

映画「レ・ミゼラブル」


 映画『レ・ミゼラブル』(ヴィクトル・ユゴー原作=1862年/トム・フーパー監督/2012=イギリス/158分/ヒュー・ジャックマン、ラッセル・クロウほか)は、革命の嵐が吹き荒れる19世紀のフランスが舞台の重厚な人間ドラマです。映画では、せりふは、舞台形式で流れ、イメージは、華やかなミュージカルというよりは、重厚な人間ドラマの雰囲気。オルガンやヴァイオリンらの演奏を背景に、せりふや、ソロや、合掌が繰り返されるバッハの「マタイ受難曲」に近いかもしれません。

 「感想とフランス革命の時代背景」をまとめておきたいと思います。

レ・ミゼラブルの感想


 映画「レ・ミゼラブル」は、見終わって、猛烈に感動しました。いくつも書きたいことはあるのですが、今回は、合唱について。

 本作の冒頭は、囚人たちが、大船を、ロープで引き上げる場面。囚人たちは、水しぶきを浴びながら作業するのですが、鎖で繋がれているため、舟が傾いてロープが揺れたり、浪にさらわれたりしたら、終わりです。そんな囚人たちは、歌を歌いながら、険しい顔つきで黙々と作業を続けます。「LOOK DOWN!(下を向け)」で始まる歌の重厚な響きと、大船を引き上げる壮大な映像に見とれました。

 作中、いくつも印象的な場面がありました。革命の嵐が爆発寸前のパリの貧民街でも、特権階級の者たちの馬車を取り囲んだ失業者たちが、「LOOK DOWN!(下を見ろ=俺たちを見ろ)」と歌い上げます。ほか、葬列を民衆が静かに見守る中でも、歌声が上がりました。どの合唱も、黙々とした抑えた声で、大地の底から静かに振動しているような音色でした。

 何かを訴えるとき、様々なやり方があると思います。暴力を使ったり、権力を使ったり、相手に詰め寄ったりと。しかし、「レ・ミゼラブル」を見終わって、歌を歌うこと、それも、大勢で集まり、叫んだり、わめいたりするのではなく、小さな声をそろえて合唱することの迫力を感じました。革命や戦争に歌はつきものですが、第2次世界大戦の時に世界一ヒットした曲も、ドイツ人のマレーネ・ディートリッヒが静かに歌い上げる「リリー・マルレーン」だったともいわれています。小さな歌声を静かに重ねていくことの力というものを、何世紀もかけて、人々は身に付けてきたのかもしれないと思いました。

 まだ1回しか見ていないのですが、登場人物の中では誰が良かったかといえば、エポニーヌがよかった。不幸な女の子で、好きな人は自分の気持ちに気づかず、雨の中、好きな人のために手紙を持ち帰り、かつていっしょに暮らしており、今は一人では何も出来ないお嬢様に育っているコゼットが幸せになる一方で、エポニーヌは男の格好をして革命に加わり、バリケードの中で撃たれてしまいます。物語に登場する、絵に描いたような不幸な女の子でしたが、好きな男の子に手紙を渡せなかったことをずっと悔いていて、息を引き取る前に、「ごめんね」「やっと渡せた」と嬉しそうな顔をするところが、泣けてきました。育ちは悪く、すりの一味に加わっているのですが、心は純粋な女の子です。ほろっとしてしまいました。

フランス革命の時代背景


 18世紀後半、フランスでは王権に対する不満が爆発しました。1789年に、民衆がバスティーユの牢獄を襲撃し、動乱は全国に飛び火。国民議会は封建的特権の廃止を宣言するも、国王ルイ16世は、法律の制定を拒否(署名を拒否)。情勢は混乱し、貴族や聖職者など特権階級が国外へ逃亡する中、ルイ16世も、王妃マリー・アントワネットの愛人フェルセン(スウェーデン貴族)の手引きで、王妃の実家オーストリアへの逃亡を企てます。しかし、国境を越える前に発見され、パリへ連行。立憲君主制の憲法が制定され、最初の選挙が行われました。

 革命政府がオーストリアに宣戦布告。が、戦意に乏しい貴族階級を中心とするフランス軍は各地で敗戦。また、マリー・アントワネットはオーストリアへフランスの内情を伝えていました。プロイセンがフランス領内に侵入すると、政府が祖国の危機を訴え、各地から義勇兵がパリに集結。マルセイユで組織された義勇兵が歌った『ラ・マルセイエーズ』はのちのフランス国家に。フランス軍の苦戦の原因が、ルイ16世とマリー・アントワネットの内通と考えたパリ市民と義勇兵は、宮殿を襲撃し、国王一家をタンプル塔に幽閉。襲撃の際、ルイ16世から、民衆への発砲を禁止されていたスイス衛兵隊は、多くが民衆によって虐殺されました。

 立憲君主制の憲法が停止され、すべての男子に選挙権を与えた選挙で「国民公会」の議員が選出。王政の廃止と、第一時共和制の樹立が宣言。国民公会は賛成387対反対334で国王の処刑を議決し、パリの革命広場(現・コンコルド広場)で、ルイ16世と王妃マリー・アントワネットへの死刑をギロチンで執行。

 ルイ16世の処刑は、ヨーロッパ各国を震撼させ、こぞってフランス領内への侵攻を招きます。フランスでは不安定な政情が続き、1799年、クーデターによってナポレオン・ボナパルトが執政政府を樹立し、独裁権を掌握。ナポレオン失脚後の1815年には、王政復古によりルイ18世が王位に(王政復古)。

 政権は国内の不満を逸らすため、1830年7月、アルジェリア侵略を開始。しかし、不満が収まらず、自由主義者が大きな勢力を持つ議会を解散し、選挙権の制限を実施。これに、学生、労働者を中心とするパリ市民が反発し、7月27日、三色旗を翻し、街頭にバリケードを築いて抵抗。市街戦が始まると、ルーブル宮殿が陥落。ギロチンを恐れるシャルル10世は退位し、オーストリアへ亡命。「国民王」ルイ・フィリップが立ち、立憲君主制へ移行(7月王政)。国王は自由主義と立憲王制を採用し、一定の成果を収めるも、制限選挙が維持され、革命の主体勢力であったプロレタリアートは再び虐げられました。以後、革命は、階級的意識に目覚めていく労働者や農民の階級闘争へと様相を転換。ルーヴル美術館の絵画『民衆を導く自由の女神』(ドラクロワ/1830)は、7月革命がモチーフ。

 1948年2月、第二共和政が「働く権利」の原則を打ち立て、失業者へ仕事を与える国立作業場を設立。しかし、6月、国立作業場を閉鎖し、労働者が暴動(六月蜂起)。12月、ナポレオンが大統領に選出。1830年樹立のオルレアン朝は1848年に終焉。ナポレオンは選挙による議会を停止し、1870年まで続く第二帝政を打ち立てました。


→ 映画「レ・ミゼラブル」のあらすじ


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