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博士の愛した数式/小川洋子あらすじと読書感想文

2012年3月20日 竹内みちまろ 参照回数:

博士の愛した数式のあらすじ(内容はネタバレ含)


 瀬戸内海に面した小さな町で10歳の息子とアパートで暮らす28歳前後の女性「私」は、1992年3月、家政婦紹介組合から、64歳の数論専門の元大学教師の男性で、47歳の時に遭った交通事故の後遺症で記憶を蓄積する機能が損なわれ、1975年以降は、80分しか記憶をとどめることができない「博士」の家に派遣されました。雇い主は、同じ敷地内に住む博士の義姉で、月曜から金曜の午前11時に来て、博士に昼食を食べさせ、掃除、買い物をし、晩御飯の用意をして夜7時に帰るという仕事内容。「とにかく義弟に、誰もがやっている、ごく当たり前の日常生活を送らせてやれる方ならば、私には何の不足もございません」というものでした。

 博士が住む離れは、トイレの小窓にひびが入り、勝手口のドアノブは半分取れかけています。博士は常に背広を着てネクタイを締めていますが、毎朝、私に、「君の靴のサイズはいくつかね」などと初対面のあいさつを繰り返します。洋服ダンスには、3着のスーツと、3本のネクタイ、6枚のワイシャツ、オーバーが一着しかありませんでした。食事は一口ごとにこぼし、家政婦の私には何も命ずることなく、数学雑誌の懸賞問題を解くことに熱意を傾けています。博士はスーツにたくさんのメモをクリップでつけていました。多くは私には意味不明な数字や記号や言葉の断片でしたが、その中に、≪僕の記憶は80分しかもたない≫というメモがありました。

 通い始めてから2週間が過ぎようとする金曜日、私は、博士のスーツに、≪新しい家政婦さん≫という新しいメモを見つけます。メモには、「私の似顔だとすぐにぴんときた」女の人の顔も描かれていました。週が明けた月曜日、いつもどおり玄関で初対面のあいさつをしましたが、博士が「先週までとはどこか」違う様子を見せました。私は、懸賞問題を解き終えた博士が「考えている」状態ではないことに気が付きました。私の誕生日の2月20日(220)という数字と、博士が腕に巻いている外国製の上等な時計の裏に掘られている「学長賞・No284」(284)という2つの数字を取り上げて、「220の約数の和は284。284の約数の和は220。友愛数だ。滅多に存在しない組合せだよ」などと感嘆します。私は、広告に裏に書かれた数字が「淀みない一つの流れとなって巡っている様を目で追い掛けてい」ました。

 数学をきっかけに博士と私は言葉を交わすようになり、私に息子がいることを知った博士は、「息子はたった一人で留守番しているか?」「子供を独りぼっちにしておくなんて、いかなる場合にも許されん」「いいかね。明日からは、息子をここへ連れて来るんだ」などと迫り、「明日になったらどうせ忘れてしまうと、高を括っているんじゃないだろうね」などと告げて、≪新しい家政婦さん≫のメモに≪と、その息子10歳≫と書き加えました。翌日、小学校が終わった息子が離れに来ると、博士は、「両腕を一杯に広げて彼を抱擁した」。「その両腕には、目の前にいるか弱い者をかばおうとする、いたわりがあふれていた。自分の息子がこんなふうに抱擁されている姿を目のあたりにできるのは、幸せなことだった」。博士は息子に「ルート」という愛称をつけました。

 博士はルートの前では見事はテーブルマナーを見せ、食事の会話に気遣いを見せました。私は「28の約数を足すと、28になるんです」(28=1+2+4+7+14)という「幼稚すぎる発見」を博士に告げます。博士は「完全数だ」と感嘆します。「博士の説明を聞いたあとでは、それらは最早ただの数字ではなかった」と私は感じます。博士からルートに出された宿題を考えていた私は、答えを見つけたとき、「その時、生まれて初めて経験する、ある不思議な瞬間が訪れた」ことを実感し、「今自分は、閃(ひらめ)きという名の祝福を受けているのだと分かった」。ルートがその回答を披露すると、博士は立ちあがって拍手をし、「すばらしいよ、ルート」などと祝福しました。私は、「称賛を独り占めしているルートの傍らで、でも、本当にそれを編み出したのはルートじゃなく私なんですけど、と心の中でつぶやいた」

 私は、博士とルートをプロ野球・阪神戦の観戦に連れ出します。帰ると博士は高熱を出して寝込んでしまいました。「離れのトラブルは母屋へ持ち込まぬこと」という指示を思い出し、義姉には告げずに、私はルートといっしょに離れに泊り、博士の看病をしました。そのことが原因でいったんは、博士の家の家政婦をくびになりますが、再び呼ばれます。私は、「数字や記号に対し、音楽や物語に対するのと同じような想像力を働かせるようになっていた」。私は図書館で新聞の縮刷版を調べ、博士が事故に遭ったさい義姉が車に同乗していたことを知ります。

 博士が数学雑誌で過去最高額の賞金がついた懸賞問題を解いたことと、ルートの11歳の誕生日を祝って、3人でパーティーを開きました。私とルートは、プレゼントに江夏の85年限定プレミアムカードを見つけ出しましたが、その夜が、最後となり、もう何も記憶することができなくなった博士は専門の医療施設に入所しました。私とルートは、博士が死ぬまで何年間も、施設を訪問します。最後の訪問で、22歳になったルートが教員採用試験に合格し、春から数学の先生になることを、私が誇らしげに博士に報告します。ルートは、ルートを抱きしめようとして震える博士の腕を取り、肩を抱き寄せます。博士の胸で江夏のカードが揺れていました。

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博士の愛した数式の読書感想文


 『博士の愛した数式』は、私の博士に対する温かい恋慕が心に染みました。

 はじめは、私は、博士に対する感情としては、「やはりルートが誰かに優しくされている時は、自分もそのそばにいたかった」などと感じていました。それがいつの間にか、博士の大学ノートに『14:00図書館前、Nと』という走り書きを見つけ、「午後二時、図書館の前で何があったのだろう。Nとは誰だろうか。その待ち合わせが、博士にとって幸福なものであってほしいと、祈らずにはいられなかった」という気持ちになります。この博士を見つめる私の「まなざし」もやさしいのですが、ある夏の夕方の風景は、さらに温かな「まなざし」で包まれていました。

 その場面では、夏のキャンプから帰ってきたルートが、「ねえ、ねえ」と口を開きます。私は、「何?」と答えますが、ルートは「違うよ、ママじゃないよ」と告げ、博士に「規定打席はどうやって求めたらいいの?」と質問します。本を閉じた博士はルートのそばに寄ります。「博士は片手を食卓につき、もう片方の手をルートの肩にのせる。二人の影が重なり合う。椅子の下で、ルートが足を揺らす。私はオーブンにパンを入れる」。ラジオが野球中継の始まりを告げます。3人は、先発ピッチャーが真っさらなマウンドへ向かう風景を思い浮かべます。「パンの焼ける匂いが、食堂中に満ちてくる」

 その場面は、ただそれだけの描写でした。私がどうしたかったとか、どう思ったかなどは一切書かれていません。でも、書く必要がなかったのだと思います。3人が同じ景色を思い浮かべ、パンの匂いが漂います。それだけで十分ではないかと思いました。その場面の前までに描かれていたのは、作中の主人公である「私」が博士へ向ける「まなざし」の温かさでしたが、この場面を包んでいるのは、3人がたたずむ風景を見るめる作者の「まなざし」の温かさなのかもしれないと思います。この場面が、『博士の愛した数式』の中で一番好きです。

 『博士の愛した数式』は回想の物語でした。そのことは、冒頭付近にある、私が通い始めた当初にとまどった様子を紹介する個所で、「私が家政婦を辞めるまで、毎朝玄関で数字の会話が繰り返された」とあることにより、本作がすべてを見届けた語り手である「私」が、過去を遡及して回想している物語だとわかります。

 途中でも、博士から出された宿題を私がルートと2人で考える場面がありました。私は「最初はただ鬱陶しいだけだったのが、意地が出てきて、やがて思いがけず使命感さえ抱くようになった」とあります。そこに、「あけぼの家政婦紹介組合により博士の元へ派遣された時から、既に誰かが放つ一条の光を受け、特別な使命を帯びているのだと、自ら気づきもしないままに……」という文がありました。すべてを見届けたうえで過去を回想して語る物語なので、こういった語り方もありなのですが、自身に起きた出来事を美化して語ってしまっている雰囲気もやや感じられますが、それ以上に、そこまで言うなら「誰かが放つ一条の光」「特別な使命」などを読者に納得させるだけのカラクリを用意しているのだろうと期待したことも事実です。

 ただ、読み終えて、「饒舌は銀、沈黙は金」といわれますが、やはり、一番の物語は描かないことがポイントなのかなと思いました。本作では、「誰かが放つ一条の光」「特別な使命」らの代わりに、博士が義姉の私への誤解を解くために書いた数式のメモを「折りにふれ、私はメモを取り出して見つめる。眠れない夜に、一人きりの夕方に、懐かしい人たちを思い出して涙ぐむ時に。そこに書かれた一行の偉大さの前で頭を垂れる」という場面が書かれていました。ここでは、博士との物語のすべてを見届けた現在の私が、現在の私について語っています。『博士の愛した数式』の中で、現在の私の姿/本当の私の姿が垣間見れる唯一の場面だと思いますが、現在の私には、思い出と、博士が数式を記したメモが残っていて、私は、そのメモを見て、思い出に涙を流すことが提示されています。現在の私がどのような状態なのか、どの時点なのかはわかりませんが、どこか、ものかなしい場面だと思いました。

 「饒舌は銀、沈黙は金」と書きましたが、『博士の愛した数式』では、私の物語も、博士の物語も、博士と義姉の物語も、多くは語られていません。そこが作品の味わいを深めているのかもしれないと思います。最後に、本作から垣間見えてくる、私の物語、博士の物語、博士と義姉の物語をメモしておきたいと思います。

私の物語


 私は、「結婚できない男の人を愛し」「ハンサムで立派な父の姿」ばかりを話す母親との家庭で育ち、小学校に入る前に一人でチャーハンをつくことができ、18歳の時に当時大学生だった男との子どもを身ごもり、家を出て母とは音信不通となり、息子を生み、母子育成住宅に住み、そこを出て、ルートが小学校へ入る直前に母親と和解しました。「お祖母さんが一人身近にいるだけで、こんなにも安心なものかと感じはじめた矢先、脳内出血で母は死んだ」

 ルートから「ママは美人だから大丈夫だよ」となぐさめてもらいたいばかりにうそ泣きをしたこともあり、ルートを妊娠したときにその事実を受け止めることができずに姿を消したルートの父親が若手技術研究者として賞を受賞した記事を見て、私は、「写真はぼやけていたが、間違いなく彼だった」と気づき、新聞をぐしゃぐしゃに丸めてごみ箱に捨てます。が、しばらくして、拾い上げて、切り抜き、ルートのへその緒の箱にしまいます。「ルートの父親が賞をもらった。喜ばしいことだ。ただそれだけだ」と自分に言い聞かせます。

 私が、母親のことを「お祖母さん」、男を「ルートの父親」と呼ぶところに、私の背負ったものの重さを感じます。私は18歳でルートを生んでから、自分のことを振り返る時間もないままに必死に生きているのかもしれないと思いました。

博士の物語


 博士は言葉を瞬時にさかさまにすることができます。特殊な才能だと思いますが、博士自身は「ルートの言う通り。文章を反対から読めば、皆頭がおかしくなる」と自嘲ともとれる反応を見せます。しかし、ルートはその能力を「すごい」とほめます。博士ははにかむようにうつむき、小声で「ありがとう」と告げます。また、「僕の能力は、世間の人たちには何の役にも立たないんだ。誰も僕の特技を求めてなどいやしない。ただ一人、ルートにほめてもらえれば、僕はそれだけで満足なんだ」とも。私の観察によると、「長い間、誰もが普通に備えている能力だと思っていたらしい」とのこと。

 ほかにも、博士にはおやっと思う個所がありました。ほほがいびつに膨らむまで誰にも言わずに歯の痛みを我慢していたりします。しかし、野球場でファールボールが飛んできたときに、「博士はルートに覆いかぶさっていた。首と両手を精一杯にのばし、絶対にこのか弱き者を傷つけてはならぬという決意をみなぎらせながら、全身でルートを包み込んでいた」りもします。勝手な想像ですが、子どものころから、博士の周りには博士をほめてくれる人は誰もおらす、社会のことや、人間のことや、生き方などを教えてくれる人さえ皆無で、博士は全てを独りぼっちで体験しながら生きてきたような感じがしました。

 また、博士がなぜ江夏豊だけにこだわっているのかも、博士と義姉の物語も、語られません。『博士の愛した数式』は、博士の物語と私の物語が併走する形で進みますが、あくまでも脳に障害が起きて記憶に関する機能が損なわれた博士と、ルートを含めた私との触れ合いに焦点を絞って描いています。そこが作品の味わいと奥行きを深めているのかもしれないと思いました。


→ 映画「博士の愛した数式」のあらすじと感想


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