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父の墓/吉田知子あらすじと読書感想文

2010年6月8日 竹内みちまろ 参照回数:

 「父の墓」(吉田知子)をご紹介します。手もとにあるのは新潮社のハードカバーで作品集です。

 作品集「無明長夜」には、発表年月日を見るかぎりは、昭和四十一年から四十五年までという、書名にもなっている芥川賞受賞作にいたるまでの作品が収録されていました。

 「父の墓」も作品集で、同じく発表年月日で見ると、昭和四十九年から昭和五十三までの作品です。掲載雑誌は、発表順に、「新潮」、「文学界」、「新潮」、「新潮」、「新潮」でした。芥川賞受後に、プロとして活躍されていたころの作品かもしれません。定価は九百八十円です。

 手もとにある物理的な本としての「無明長夜」は昭和四十五年発行で、「父の墓」は昭和五十五年の発行です。十年間の間があるのですが、「無明長夜」のほうは、特に巻末にある本の広告欄に記載された細かな文字が、かずれたり、インキがべったりとつきすぎたりして読みにくく、本文用紙も腰がなくなっているように感じられます。いっぽう、「父の墓」では、細かな文字にも均等にインキがのっていて、本文用紙も堅さを保っているような気がしました。一概に比べることはできないのですが、十年間で、資材の質や印刷・製本技術ががらっと変わったのかもしれないと思いました。

 ハードカバー「父の墓」では、表題作「父の墓」が巻頭小説になっていますが、掲載作品の中の発表年月日順でみると、「父の墓」は二番目でした。なので、感想メモは、ハードカバー「父の墓」に収録された中から三つの作品を取り上げて、発表年月日順に書きたいと思います。

 「海辺の家」は、どこか神経を病んでいると思われる女性の物語でした。三人称で書かれていて、おやっと思いました。二行目に「彼女は、もう四十年も同じ風景を見続けているような気がしている」とあります。人称技術については、みちまろはよくわからないのですが、三人称を、映画のカメラの視点と定義した場合は、すでに、二行目で、三人称が破綻してしまっているのかもしれません。

 彼女には、「自分の笑い声が他人の笑い声に聞えた」り、夜中にふすまが開く音が聞こえて、はさみを投げつけたり、冷蔵庫から出してきた細長い包みを一晩に何回も捨てる夢をみたりします。「彼女」の特徴として、同じことを繰り返したり、同じ現象を繰り返し経験したり、それらを体験するうちにいつの間にか、相手が言うことを自分もおうむ返しに口にしていたりします。

 「海辺の家」は、ラスト・シーンが印象に残りました。「もういい加減でやめときっせや」というだれのものかわからない声を聞いたり、「もうわかってたわ」とつぶやいたりしながら、「彼女」は、「自分の部屋にあの包みがあることを確信しながら」も、「彼女は、いま、それを期待しているといってもよかった」と結ばれます。確信しているといいながら、期待しているといってもよかったと結論づけてしまうところも違和感を感じますし、結末部になって、それまでの語り方は、「私」を「彼女」に変えただけの実質的な一人称だったのですが、ここにきて、語り手が、いきなり「彼女」(=「私」)から乖離してしまったような印象も受けました。語られる対象へ向ける「まなざし」や、それとの距離の取り方とともに、何をどう表現するのかという、いわゆる“語り方の問題“に対する作者の方の、迷いや、とまどいを感じました。

 「父の墓」は、ソ連軍に抑留されたと思われる父を待つ、母と「私」の物語でした。「父は子供には無関心な人」で、それでいて、植民地ではなかなかのやり手ぶりを発揮して羽振りをきかせていたようです。妻や子どもにおみやげなどを持って帰りますが、「人形も貰えるし。どうだ、人形、ほしいか。いらんか。はっきり言わんとやらん。はやく言え」とつめより、「私」は「しかたなく」ほしいとつぶやきます。でも、実際にもらったときに、「とびあがって喜んでみせ」ることができなくてかなりの「仏頂面」をしてしまったようです。父は、急に冷たい声になって、「こいつは、もしかしたら馬鹿かも知れんな」と言う人だったようです。

 その父は、「死亡にしないと国はいつまでも恩給を払い続けなければならないから」、戸籍上は、すでに十数年前に、「モスクワ病院で死亡」となっているようです。

 母が、父の墓を作ると言いだした時に、「私」は、お葬式もしていないし、戒名もないしと、反対します。しかし、母は、父の墓をすでに注文していました。

 何十年もひたすら父にこだわって生きてきた「私」の中では、月日の流れといいますか、風化といいますか、父はすでに、過去となり、情報となり、現象となっていたのですが、その私が、「もしかしたら母はまだ父の死を認めぬつもりなのかも知れない」と感じ、「私は一体なんだったのか」、「私は微かに父に拒まれたような気がして通り道の草を千切った」話が書かれていました。

 「無明長夜」収録作品を読んでいたときは、この作者の方は、ひたすら“不在する父”というものにこだわっていて、そのこだわりをひたすら書き続けているような気がしましたが、「父の墓」では、母のエピソードを利用して、不在する父にこだわり続けている「私」というものを相対化、あるいは、客観視していたことが印象に残りました。

 「人捨て」は、掌編でした。「私」を「茂子」と表記していますが、実質的には一人称で、「海辺の家」のような語り方の乖離はなく、一人称としては成立していました。「茂子」には、夫がいますか、もう二週間も家には帰ってきていません。会社にはちゃんと出ていて、給料袋も茂子に渡してくるそうです。夫も茂子も離婚について考えているようですが、二人とも、どこか他人事といいますか、さめたところがありまして、切羽詰まった愛憎は感じられません。茂子は「捨てるものがなければ存在できない。いるのかいないのかもか判らない」と思い、「人に捨てられるのでなければ何に捨てられるのだろう。自分が自分を捨てるということもある」と考えたりします。「人捨て」のラスト・シーンは、茂子が夫の知人が経営している駅前の旅館にいく場面ですが、茂子は、そこで、よく洗ったはずの指の爪の間が真っ黒になっていたり、着物の袖口に庭に埋めてきた鳥の羽がついていたり、夫の父親に会ったりします。しかし、夫の父親はすでに死んだのではなかったかと考えたりします。自分で自分を捨てている、あるいは、自分で自分を見限っているという意識はないようですが、どこか、精神を病んでいて、社会にも、夫にも、家庭にも、自分自身にも、何も見ることができない人間の一瞬のうしろ姿が描かれた作品だと思いました。

 「無明長夜」と「父の墓」に収録された作品を読んで、一人の作家の心の旅とでもいいましょうか、文芸同人誌や、商業文芸誌に作品を発表し続けることを手段として、作家の中にあるこだわりが少しずつ昇華されていったり、表現されるべき対象との距離の取り方が変わっていったり、「私」というものとの接し方が作者の中で変化していったりする様子をかいま見たような気がしました。作品は、作者と切り離して単独で読むべきという考え方もあるかもしれませんが、一人の純文学者の旅筋というものを意識して、それぞれの作品を、それぞれのステージの中で残された軌跡として読むという方法も、読書にはあるのかもしれないと思いました。


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