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陰獣/江戸川乱歩あらすじと読書感想文

2013年7月16日 竹内みちまろ 参照回数:

陰獣のあらすじ


 探偵小説家の寒川は、上野の帝室博物館で、小山田静子と出会います。静子は寒川の小説のファンで文通が始まりました。しばらくして、静子の手紙に妙なところが見え始めます。同じ探偵作家の大江春泥(しゅんでい)の住所がわからないかと問い合わせてきたのでした。大江の初期の作品の奥付に記されているのですが、大江春泥の本名は平田一郎といい、静子の同郷で、一時、静子と恋仲になった男性でした。静子のほうは直ぐに冷めてしまったのですが、平田は執拗に静子につきまとったとのこと。

 その平田から、静子のもとへ、「静子さん。わたしはとうとうきみを見つけた」という書き出しの手紙が来たのでした。手紙の中で平田は、静子への復讐を誓い、大江春泥という探偵小説家をしていることも明かしていました。手紙は「わが生涯より恋を奪いし女へ」と結ばれていました。静子から見せられて、その手紙を読んだ寒川は、平田の住所をつきとめ、てきれば直接平田に、「こんなバカバカしいいたずらを中止させるように計らう」ことを約束します。寒川は、作家として自身とは正反対の傾向を持つ大江(平田)を、ひどく嫌っているところがあり、誌上で対決したことなどもありましたが、平田はほとんど寒川と向き合おうとしていませんでした。寒川は、どういう形になるにせよ、平田の住所だけは突き止めようと、新聞記者や雑誌編集者などを頼って情報を集めます。しかし、平田はやりとりを手紙で済ませたり、妻を用件の受け渡しに立たすほどの人嫌いで、また、一昨年からピタリと作品を発表しなくなっていたこともあり、居場所はまったくわかりませんでした。

 そうこうしているうちに、「陰獣大江春泥」の魔の手が静子へ伸びます。夫の六郎の死体が隅田川からあがったのでした。

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陰獣の読書感想文(ネタバレ)


 「陰獣」は読み終えて、性癖というものを考えました。ネタバレになってしまいますが、静子自身が作家の「大江春泥」であり、静子は、小山田夫人でありながら、大江の妻を演じていました(静子が自殺してしまうため、物語の中で事実が明かされることはないのですが)。

 「陰獣」のストーリーは、寒川が独自に事件を捜査することで展開します。天井裏から、外れたボタンが見つかることで、天井から時計の音がしたという静子の訴えが裏付けられます。平田は手紙で、静子の行動を時間まで正確に記していましたが、天井に忍び込んだ平田が、静子を観察していたことなどが明かされていきます。また、小説家の寒川は、平田の手口が、大江春泥の『屋根裏の遊戯』という作品の手口と同じことを突き止めます。

 寒川は頻繁に静子の家を訪れるようになり、ついに、夫を失った静子の「八重歯のふくれ上がったあのモナ・リザのくちびるを盗んでしまった」。寒川は静子に恋心を抱き、後半では、情事のためだけに借りた家で、被虐色情者の静子と、残虐色情者となった寒川が、「情痴」をむさぼります。

 「陰獣」では印象に残っている場面があります。寒川が静子へ、六郎殺害の犯人はお前だ、と詰め寄る場面でした。寒川は、「ぼくは同じ猟奇の徒なんだから、あなたの心持ちがよくわかります」と告げます。静子が「女でなければ持っていない不愉快なほどの猜疑心にみちみちている。まるでくらやみにうごめく陰獣のよう」な作品を生み出していたことを指摘しました。そして、「変態的な自由の生活にやみがたいあこがれをいだくようになった」とたたみかけます。

 静子は、「あたしを抱いて。ね、あたしを抱いて」と鞭を寒川の手に握らせると、自分から着物を脱いで、ベッドの上にうつむきに寝て、顔だけ振り返って、「さァ、ぶって! ぶって!」と叫びます。上半身を「波のようにくねらせ」、寒川は、夢中になって鞭を叩きおろします。寒川は「まだ経験しなかった情痴の世界を見ることができました」。そして、「離れがたい気がする」のですが、その思いを断ち切って、「このままあなたとの関係を続けていくことは、ぼくの良心が許しません・・・・・・では、さようなら」と静子に別れを告げました。

 静子と寒川は、同類なのだろうかと思いました。静子は、趣味、といいますか性癖を満たすためなら、どんな苦労も厭いません。そして、「変態的」なものへの「やみがたいあこがれ」のためなら人をも殺し、「情痴」の世界をとことんむさぼります。一方、寒川は、自身を静子と「同じ猟奇の徒」といいながらも、「変態的」なものへのあこがれや性癖よりも、「良心」を優先させました。静子は一線を越えましたが、寒川は越えません。静子は真の「変態」で、寒川は、「変態」の世界を垣間見ることはできましたが、真の「変態」にはならなかった(なれなかった)のだと思いました。寒川は、大江春泥の作品に、言葉にはしがたい嫉妬を抱いていましたが、静子の芸術が一線を越えており、同時に、自身の芸術が一線を越えられないでいることを感じていたのかもしれないと思いました。


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