ミニシアター通信 > 女子コラム


【女子コラム】帰国子女がみたAKB48東京ドームコンサート


2014年8月24日 17時39分 著者:洛中洛外 参照回数:


【女子コラム】帰国子女がみたAKB48東京ドームコンサート

AKB48東京ドームコンサートの様子 (C)AKS


 すっかり定着したアイドル文化。最近では、インドネシア・ジャカルタで活動するJKT48が脚光を浴び、ヘヴィメタル発祥の地・イギリスでBABYMETALが支持されるなど世界的な広がりを見せている。そんな日本のアイドル文化の真髄はどこにあるのか。4歳から17歳(高校卒業)までを、イギリス、ドイツ、スイス、香港、バーレーンで過ごした30代の女子ライターに、総勢300名が出演したAKB48の東京ドームコンサート2日目(2014年8月19日)をレポートしてもらった。(編集部)



 日本生まれ、海外転勤族育ちの帰国子女。Windows95が出た年にロンドンの高校を卒業。帰国した当初は「しゃべりが文語調」と言われたことも。好きな街は大学時代を過ごした京都と、神保町、銀座有楽町。現在は都内の外資系勤務。

 AKB48の曲は、ひとつも通しで聞いたことがない。だのに仕事で誘われて来てしまった、AKB48グループの東京ドームコンサート。会場に一歩足を踏み入れると、やはり20代30代の男性陣が多い。さまざまな年齢層の男性に混じって、10代20代の女の子も。

 コンサートが始まってすぐ感じたのは、華やかに彩ったショーの要素が強いのではということ。オペラグラスでもない限り人の顔は米粒くらいにしか見えないが、正面の巨大スクリーンには、要所々々でメンバーの顔が名前入りで大きく映し出されるので、私だけが見えてないというわけでもなさそうだ。なんだか48人以上いる気がするな。

 壇上からの「そっちのハジのみなさんも、こっちのハジのみなさんも、みんなホントに見えてますからねー!」という掛け声に、はっとした。この掛け声は観客とステージ一体型のイベントなのだと告げているかのようだ。観る主体としての観客と、演じる主体・観られる客体としての出演者という糸の張り詰めた二項対立の世界ではなく、あなたと私は同じ空間と体験を共有する仲間なのだという完全調和の世界。舞台が見えるだけでなく、舞台上から観客が見えることが肝要なのだ。圧倒的多数の男性ファンに対し、女性の歌い手の主語がほとんど「僕」なのも象徴的。

 後ろにはAKB48 Highschoolと書かれた幕がのぞいて、卒業という言葉が歌詞やナレーションに折り挟まれているし、MCは、周りに男子がいることを意識した女子高生たちが教室の真ん中で輪になって交わす明るいおしゃべりみたいに賑やかだ、とまで考えてハタと気がついた。

 高校時代というのが一種の理想化された青春時代としてあって(実際にはそうじゃなくても)、ファンはその追体験を求めてこういうところにやってくるのではなかろうか。「僕らは夢見てるか?/未来を信じているか?/怖いもの知らず 身の程知らず/無鉄砲なまま 今 僕らは夢見てるか?」なんて、ずいぶん回顧趣味だ。多様化と差別化の進む今の時代、ハタチ過ぎた人間が全国区で共有できる共通体験なんて、学生生活ぐらいだ。観客席を見渡すと、20を越えた来場者がほとんどなのに、出演メンバーはもとより青春真っ只中の歌詞、ポップでキッチュなスクリーンの動画、カラフルで派手な演出など、どれをとっても10代仕様。アイドルとはその名の示す通り共有幻想だが、この祭りはその仮想世界の中で充実した高校生活を体験し、リアルなオトナの世界に還るためのイニシエーションの場なのかもしれない。(文=洛中洛外)


→ 地下アイドル姫乃たまは、AKB48じゃんけん大会で渡辺美優紀の安堵の笑顔に何を見た?

→ 地下アイドル田中由姫が「AKB49〜恋愛禁止条例〜」を観て一生アイドルを決心した理由とは?

→ AKB48のライトなファンが初めてライブに足を運ぶと、どうなる?


ミニシアター通信