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忍びの国/和田竜のあらすじと読書感想文

2014年5月16日 竹内みちまろ 参照回数:

忍びの国のあらすじ(ネタバレ)


 天正7年(1579年)9月16日、織田信長の次男で、北畠具教(とものり)以下の北畠一族を殺害して伊勢の国(三重県北中部ら)を掌握した織田信雄(北畠信雄・のぶかつ)は、伊勢衆を率いて、隣国の伊賀の国(三重県西部)への進撃を開始します。信雄の1万1千の軍勢には、侍大将の日置大膳(へき・だいぜん)、長野左京亮(さきょうのすけ)、柘植三郎左衛門らがいました。

 一方、伊賀の国では、小競り合いを繰り返していた豪族たちが、百地三太夫をはじめとする豪族からなる「十二家評定衆」の掟により、団結して伊勢衆を迎え撃ちます。掟は、「伊賀惣国一揆掟書」として明文化されており、他国のものが伊賀に侵入した際は、一体となって戦うことを定めた軍事同盟でした。

 第一次天正伊賀の乱と呼ばれる天正7年の戦いで、信雄は、伊賀衆から手痛い反撃に遭い、伊勢に敗走しました。信長は激怒します。第一次天正伊賀の乱は信雄が独断で軍勢を動かしたものですが、天正9年(1581年)には、信長自らが軍令を発令。信雄をはじめ4万4千の軍勢を四方から伊賀に差し向け、伊賀の人口が半減したといわれるほどの殺戮を繰り返し、伊賀を制圧しました。

 第一次天正伊賀の乱が起こる前、伊賀衆の下山平兵衛は、評定衆の一人である豪族の下山甲斐の嫡男でした。しかし、下山家と百地家の小競り合いの際、弟の下山次郎兵衛が斬殺されます。百地三太夫が、赤子のころに買って下人として育てた「無門」と呼ばれる忍に目の前で殺されたのでした。しかし、父親の下山甲斐は「次男など下人に過ぎぬ」といっこうに気にする様子を見せず、百地三太夫と平気な顔をして話をしていました。

 伊賀では地侍たちは、いつもは畑を耕している農民を下人にして忍の術を叩き込み、下人を使い捨ての動物同然に扱っていました。また、伊賀者は、人を殺すことなどなんとも思っておらず、金で雇われれば誰でも殺し、人を騙すことはむしろ術として崇められ、下人が傷ついて帰ってきても「使えぬなら殺せ。飯代が浮くわ」と命じていました。

 平兵衛は、そんな伊賀者たちを、「−−この者どもは人間ではない」と感じます。そういった感情を持たない伊賀者たちからすると、平兵衛は異質な存在でしたが、平兵衛は信雄に会い、伊勢の軍勢を率いて伊賀に攻め込む決意をしました。

 伊賀者の「無門」「文吾(のちの石川五右衛門)」「木猿」「鉄」、「無門」の妻の「お国」、信雄に殺される前に北畠具教が稀代の名器といわれた焼き物の「小茄子」を託した娘の凛、信雄と信雄の侍大将たちが壮絶な戦いを繰り広げる天正伊賀の乱が始まります。

忍びの国の読書感想文(ネタバレ)


 「忍びの国」は面白かったです。史実として知名な天正伊賀の乱が背景でしたが、とにかくキャラクターが強烈でした。

 地侍が室町幕府の守護勢力を追い出した伊賀の国では、独特の風土が生まれ、地侍は徹底的に搾取階級となり、下人は下人として、赤子のころから徹底的に忍としての訓練を受けさせられていたようです。

 特権階級となった地侍たちの姿は、語弊を恐れずにいえば、どの時代のどの場所でも見られるものかもしれません。が、「忍びの国」を読み終えて、伊賀の下人たちが、人間としての心を徹底的に失っていたことが印象に残りました。

 冒頭で、文吾が朋輩と2人で逃げる場面がありました、矢を受けた朋輩は「伊賀まで肩を貸してくれ、頼む」と告げますが、文吾は鼻で笑って「お前が俺なら連れていくか」と答え、朋輩を見捨てます。伊賀者全体が、誰を犠牲にしても自分の命だけは大切にするという発想で生きていました。また、金のためなら、同じ村の者を寄ってたかってみなで殺すことなど普通に行われていました。

 そんな伊賀者だったので、他国からは恐れられていた一方、人間扱いをされていませんでした。確かに、「忍びの国」で描かれていた伊賀者たちは、もはや「人間」と呼べる存在ではありませんでした。そんな者たちが、人間の格好をして自分の周りに紛れ込んでいたら、ただただ恐ろしいというほかありません。

 「忍びの国」を読んで恐ろしいなと思ったのは、そんな伊賀者が1人や2人ではなく、伊賀という国の住人が全部、伊賀者であり、そんな人間扱いできない不気味な存在で成り立つ伊賀という国が出来上がっていたことでした。

 信長によって伊賀が徹底的に破壊された後、侍大将の日置大膳は、「斯様(かよう)なことでこの者たちの息の根は止められぬ。虎狼の族は天下に散ったのだ」と長野左京亮に告げ、「自らの欲望のみに生き、他人の感情など歯牙にも掛けぬ人でなしの血は、いずれ、この天下の隅々にまで浸透する」とつぶやいていました。

 「忍びの国」では、個々の忍たちに特化すれば、赤子のころから人間扱いされずに徹底的に下人として生きさせられることにより、「自らの欲望のみに生き、他人の感情など歯牙にも掛けぬ人でなし」の「虎狼」に作り上げられていました。そこでふと、人間をそんな「虎狼」にしてしまう伊賀という国は、言葉を変えれば、そういった社会や組織は、現代のブラック企業や宗教団体の例を挙げるまでもなく、いつの時代にも存在するのかもしれないと思いした。そう考えると、「忍びの国」に描かれていた伊賀という国だけが特種というわけではなく、程度の差こそあれ、そもそも、人間の中には始原的に「人でなしの血」というものが流れており、特別な要因や背景がなくても、“人でなしの国”というものは、次から次へと生まれてくるものなのかもしれないと思いました。


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