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小僧の神様/志賀直哉のあらすじと読書感想文

2016年8月19日 竹内みちまろ 参照回数:

小僧の神様のあらすじ


 仙吉は神田の秤(はかり)屋に小僧として奉公していた。番頭と若い番頭が鮪が旨い寿司屋の噂話をするのを聞いて、早く自分も通らしい口をききながら評判の寿司屋の暖簾を自由にくぐる身分になりたいと願った。

 2、3日後、仙吉は京橋にあるSという同業の店に、番頭から往復の電車賃8銭を渡されて使いに出された。電車を降りると、仙吉はわざと評判の寿司屋の前を通った。仙吉は、暖簾をくぐる番頭たちの様子を思った。腹も減っており「一つでもいいから食べたいものだ」と思った。仙吉は以前から、帰りは歩いて往復の電車賃の片道を節約することをしており、今も4銭なら手元にあった。しかし、「四銭あれば一つは食えるが、一つくださいとも言われないし」と諦めた。

 用事を済ませ、帰りがけに何気なく寿司屋の方へ折れようとすると、四つ角の反対側の横町に、寿司屋と同じ暖簾を掛けた屋台の寿司屋があるのを見つけ、仙吉はその方へ歩いて行った。

 若い貴族院議員のAは、議員仲間から、寿司は握るそばから手掴みで食う屋台の寿司でなければならないという講釈をしきりに聞かされていた。京橋にある評判の屋台の寿司屋の前に行ってみた。Aはちゅうちょしたものの思い切って暖簾をくぐった。3人ほどの客がおり、しばらく客たちの後ろに立っていた。

 すると、ふいに小僧が押しのけるようにしてAの前にあったわずかな隙間に入ってきた。欅台の上をせわしなく見まわした小僧は「海苔巻きはありません」と尋ねた。太った寿司屋の主は「ああ今日はできないよ」と告げ、小僧をジロジロと見ていた。

 小僧は思い切って、鮪の寿司に手を伸ばし、つまんだ。しかし、手を引くときに妙に躊躇した。主が「一つ六銭だよ」を言うと、小僧はだまって鮪の寿司を元あった台の上に置いた。小僧はしばらくその場を動けなかったが、すぐに勇気を奮い起して暖簾の外に出ていった。主は少し具合悪そうに「当今は鮨も上がりましたからね。小僧さんにはなかなか食べきれませんよ」といい、仙吉がつまんだ鮨を自分の口に放り込んだ。

 Aは、議員仲間に、暖簾の寿司屋に行ってみたことを話し、小僧のことも話して聞かせ、「なんだか可哀想だった。どうかしてやりたいような気がしたよ」と告げた。「ご馳走してやればいいのに」などと言われたが、「小僧は喜んだろうが、こっちが冷汗ものだ」、「勇気かどうか知らないが、ともかくそういう勇気はちょっと出せない。すぐ一緒に出て他所でご馳走するなら、まだやれるかもしれないが」などと告げた。

 Aは幼稚園に通っている子どもが大きくなる様子を知りたい気持ちから風呂場に体重計を備え付けたいと思い、偶然、仙吉がいる店にやってきた。届け先を聞かれたAは、ちょっと考えてから、「その小僧さんは今、手隙かネ?」と声をかけた。「それなら少し急ぐから…」などと告げ、仙吉に体重計を運ばせることにした。Aは帳面に住所と名前を書くように言われると、これからご馳走するのに名前を知られることはまずいような気がした。Aはでたらめな住所と名前を記した。

 Aは、体重計を車宿まで仙吉に運ばせて、体重計だけを先に送り出した。仙吉に「お前もご苦労。お前には何かご馳走してあげたいからそのへんまで一緒においで」と告げた。仙吉は話がうますぎるように感じて、少し薄気味悪いような気がしたが、とにかく嬉しかった。新しくできたという評判の寿司屋に連れて行ってもらった。Aは女将に話を付けてから先に帰ってしまい、仙吉は寿司を3人前平らげた。

 女将はAを粋な人だとほめ、代金はたくさんもらっているから、また食べに来てくれと仙吉に告げた。しかし、仙吉は、二度と店には顔を出さなかった。

 Aは、人を喜ばすことは悪いことではないと思い、小僧も自分も喜んだのだからいいではないかと自分に言い聞かせたが、自分のしたことが偽善だと感じる面もあった。家に帰ってから妻に、秤屋に行ったら先日の屋台の寿司屋の小僧がいたことと、ご馳走をしてやったことと、ご馳走した後に妙に寂しい気持ちになったことを告げた。善良な妻は「なぜでしょう。そんな淋しいお気持になるの、不思議ネ」と心配そうに眉をひそめたが、不意に、「ええ、そのお気持わかるわ」と言い、「小僧はきっと大喜びでしたわ。そんな思いがけないご馳走になれば誰でも喜びますわ」などと告げた。

 腹が満たされた仙吉は、ふと、先日、寿司屋の屋台で恥をかいたことを思い出した。そして、今日の出来事がそれとある関係を持っていることに気が付いた。仙吉は、Aはきっとあの屋台にいたのだと思った。が、自分の居場所をなぜ知っていたのかが分からなかった。さらに、連れていかれた店が、番頭たちが噂をしていた評判の店であることも説明がつなかった。「神様かもしれない。そうでなければ仙人だ。もしかしたらお稲荷様かもしれない」と考えた。

 仙吉は「あの客」が忘れられない存在になった。仙吉は、寂しいときや苦しいときに「あの客」を想った。想うだけで慰めになった。仙吉は、いつかまた「あの客」が思わぬ恵みを持って自分の前に現れてくれることを信じていた。

小僧の神様の読書感想文


 「小僧の神様」は読み終えて、貴族院議員のAとその妻の、素朴で素直な心持ちが印象に残りました。

 Aも妻も、自分の心を正直に口にしていました。自分を見繕ったり、虚栄をはったり、話を大げさにして自分を飾るようなところがありませんでした。

 Aも妻も、自分がどう感じているのかということに真っ直ぐに向き合っており、自分が人からどう思われているのかや、人からどう見えるのかや、どう見られたいのかなどということを考えるという発想を持っていないと感じました。

 人間は、つい、周囲の評価を気にしてしまうのかもしれません。が、自分が何をしてどう感じているのかだけに真っ直ぐに向き合っているAと妻には、清々しさを感じました。さらに、自分の心を隠すことなく話すことができるAと妻の関係も高尚なものに感じました。

 Aも妻も、社会的に立派な立場にいて、自分の存在や自分の仕事に対して微塵も疑問を持つ必要はなく、責任を持って社会に参加して、かつ幸せな家庭を築いているように感じました。小僧は苦労人の人生を歩む予感がしますし、そんな小僧を温かく見守る作者の視線も感じることができ、そこが「小僧の神様」の醍醐味だと思いますが、そんな小僧の物語を引き立てているのは、小僧とは別世界にいるAと妻の清々しい姿かもしれないと思いました。


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