本文へスキップ

ミニシアター通信 > あらすじ&読書感想文 > 『「少年A」この子を生んで……』

『「少年A」この子を生んで……』のあらすじと読書感想文

2005年10月24日 竹内みちまろ 参照回数:

神戸児童殺傷事件


 『「少年A」この子を生んで……』は、1997年に起きた神戸児童殺害事件をふくむ、連続児童殺傷事件の犯人の少年(当時)の父母の手記です。「父と母 悔恨の手記」という副題がつけられていました。導入と逮捕前後の様子は父親が、少年Aの生い立ち、成長過程、結びは母親が書いていました。同事件を扱った著作は多数あります。その中には、殺害された児童の父母の手記もあるようです。みちまろは、それらを一冊も読んでいません。本人の性行や精神世界、および、家庭をはじめとする地域、学校、警察、児童相談所などの少年を取り巻いていた生活環境の実体については、信頼の出来る情報を持っていません。したがって、「「少年A」この子を生んで……」だけを読んだ感想として書いてみました。

『「少年A」この子を生んで……』のあらすじ


 少年は、なぜ、事件を起こしたのか……本書を手に取った多くの人が、その答えを求めるのかもしれないと思いました。でも、その答えは、書いてありませんでした。そもそも、簡単に言えることではないと思います。また、一般的に「原因」や「正解」と呼んでいるもの、あるいは、それらをあてはめて結論をはじき出すという概念で整理を付けることが可能な事件なのだろうかと思いました。(当事者は別にして)、事件のインパクトが強いので、「少年は○○だから事件を起こした」、「少年が事件を起こすにいたった原因は○○にある」(あるいは、「責任は○○にある」)という結論を出して整理をつけておかないと(大衆が)不安をぬぐい去れないという現象は、いい悪いは別にして、それなりに理解できるような気はします。でも、「「少年A」この子を生んで……」を読んだ素直な感想としては、簡単に言えることではないと思いました。

少年


 少年が書いた文章として、「犯行ノート」や「挑戦状」の他に、いくつかの作文が掲載されていました。少年が小学校のときに書いた作文は、少年が感じていたことが飾り気のない言葉で書かれていました。少年は、感じたことを明確に伝える文章力を持っていたと感じました。少年の作文は、少年がそのように感じた背景を暗示させる力も持っていました。みちまろの個人的な判断ですが、感性に満ちた文章だと思いました。少年は絵を描くことが好きだったようです。逮捕される直前に通っていた児童相談所では、児童相談所の専門職員(あるいは児童相談所が少年との面談を依頼した外部の専門家)から、「幾何学的な発想が優れている、こうなったらこうなると推理をしながら投影法を使って絵が描ける」と診断されていたようです。少年は、感受性の高い子どもで、文章で気持ちを表現したり、絵を描いたりする感性に優れていたのかもしれないと思いました。

精神


 「「少年A」この子を生んで……」には、精神鑑定主文も掲載されていました。その中で、少年は、「直観像素質者」であり、「直観像素質者」であることが事件を起こした一つの原因であるという内容のことが書かれていました。(注)から引用すると、「直観像素質者」とは、「パッと一瞬見た映像が、まるで目の前にあるかのように鮮明に思い出すことができる能力がある人のこと。しかし、一度見たものが、数年後でも原色で色鮮やかに記憶の中に再現されるので、その残像に苦しむケースもある」とのことでした。母親が、国語の試験の前日に、「一晩で、百人一首を八十首以上覚えたら、五千円の小遣いあげるわ」と言ったら、本当に、一晩で百人一首を暗記したことがあったそうです。「懲役13年」という少年が書いた作文がありました。「魔物」の存在からはじまり、心の中にいる「魔物」に操られる恐怖、「魔物」とは他ならない自分自身であること、「魔物」と闘う者の危うさなどが書かれていました。「魔物(自分)と闘う者は、その過程で自分自身も魔物になることがないよう、気をつけねばならない。/深淵をのぞき込むとき、/その深淵もこちらを見つめているのである」という文もありました。出典を伏せられて、例えば、トーマス・ハリスの小説「レッド・ドラゴン」からの引用ですと言われたら、間違いなく、みちまろは信じただろうと思います。「懲役13年」は、あまりにも上手すぎる文章で、かつ、どこかで見たことがあるような文章だったので、どう考えても、それなりの知性を持った20歳以上の人間が書いた文章としか思えませんでした。少年は、鑑定医に、「懲役13年」は、「いろんな物から抜き出して、順番を入れ換えて書いた」と話したそうです。少年は、映画や本を見て、「頭にすーと入ったページを覚えていた」ことが書かれていました。人間の精神世界、脳や心が起こす現象、および、その現象を起こすメカニズムは、現代の科学や医学では、ほとんど何も説明できないのかもしれないと思いました。

『「少年A」この子を生んで……』の読書感想文


 手記は、母親と父親の視点で書かれていました。両親は、少年には変わったところもありますが、それはこの年ごろの子どもには「普通」な現象であり、そんなところもひっくるめて、自分たちの家庭を、よくある「平凡」な家庭だと認識していた、もしくは、(意識してか否かはおいておいて)認識することで何らかのバランスを保っていたのかもしれないと感じました。構成員どうしの絶対的な関係においては、ひらたく言うと、少年本人にとっては、少年の家庭がどんな家庭だったのかは書かれていませんでした。

 本書の最終章のタイトルは、「Aの「精神鑑定書」を読み終えて」でした。精神鑑定書を読み終えた母親が精神鑑定書を引用しながら家庭を振り返っていました。精神鑑定書には、少年が猫殺しについて語った個所がありました。少年は、「そのうち解剖している時、勃起している自分に気が付きました。そして射精までしました。僕は異常でした。友達に話すと『お前おかしいのと違うか?』と言われ、落ち込みました」と語っていました。家族にも相談できずに「僕は異常なのか」とひとりで孤独に思い悩む少年のうしろ姿を感じました。

 「Aの「精神鑑定書」を読み終えて」では精神鑑定書の原文の抜粋が引用されていました。専門用語と特殊な言いまわしで書かれているので内容はよくわかりませんでした。母親は、意味内容を平易な言葉で要約していました。精神鑑定書には、少年には多重人格などの障害の兆候があったものの犯行時には精神異常の状態ではなくて正常な判断能力を持ち合わせていた(と鑑定された)ことが書かれていたようです。母親は、「私も夫も親戚縁者に、精神を患った人がいるとは聞いたことがありません。/一体、何に問題があったのでしょうか?」と書いていました。好きな本を5冊あげてくださいと鑑定医に聞かれた少年は、5冊の中に、「わが闘争」の上下巻をあげたそうです。母親は、「Aの考え方には、私が不用意に買い与えた『わが闘争』の影響もあったのかもしれません」と書いていました。精神鑑定書を読んだ母親は、少年が自分を恐れて、そして、少年が自分の愛に飢えていたことをはじめて知ったようです。

「私の母、Aにとってはおばあちゃんは、Aをよくおんぶしていました。
 母は腕の力が弱っていたので、いつも背負っていたと思います。
 私は肩凝り症だったので、Aをおんぶした記憶はあまりありませんでした。
 あの子が温もりを感じたのは、おばあちゃんの背中だけ」

 母親は、家族で海に出かけた思い出を書きます。荷物番をしていた母親のもとに少年がひろった貝を見せにきたそうです。母親は、「あの笑顔はすべて作り物で、本心ではなかったのでしょうか?」と書いていました。

 少年の逮捕からわずか2年弱という短い時間で発表された手記です。事件は、社会に強いインパクトを与えました。手記が書かれた背景と公開された文章には、(弁護士や専門家の助言も含めて)さまざまな要因が影響していると思います。そのあたりの事情はわかりませんが、少年の両親にとっては、手記を発表することは、辛いことであったのではなかろうかと思いました。手記を発表した勇気に敬意を表したいと思いました。また、それとは別に、事件の被害者やその家族、関係者の心の傷は、癒えることなく残るのかもしれないと思いました。同様の事件が二度と起こされないことを心から願い、被害者のご冥福を改めてお祈りするとともに、傷を負った方々に、改めてお悔やみを申し上げたいと思いました。


→ 「少年A」14歳の肖像/高山文彦のあらすじと読書感想文


→ 死刑でいいですー孤立が生んだ二つの殺人/池谷孝司編著のあらすじと読書感想文


→ 秋葉原事件 加藤智大の軌跡/中島岳志のあらすじと読書感想文


ミニシアター通信


PR

運営会社

株式会社ミニシアター通信

〒144-0035
東京都大田区南蒲田2-14-16-202
TEL.03-5710-1903
FAX.03-4496-4960
→ about us (問い合わせ) 



ミニシアター通信