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難民高校生/仁藤夢乃のあらすじと読書感想文

2015年8月5日 竹内みちまろ 参照回数:

 活動団体・Colaboを立ち上げ、「若者と社会をつなぐきっかけの場づくり」事業を展開する仁藤夢乃さんの「難民高校生」を読みました。あらすじと感想をまとめておきたいと思います。

難民高校生のあらすじ


 小学生の時に「女子校」という響きに憧れ、親に頼んで中学受験をし、中高一貫の女子校に入学した仁藤さんは、中学入学時、勉強ができるわけではありませんでしたが、活発でどちらかというと真面目な人でした。中学では合唱部に入部。集会で歌ったり、文化祭でミュージカルを演じたりしていたそうです。

 しかし、中学の半ばから、周囲から「ダメな子」と見なされるようになり、校則を破り、部活を辞め、放課後は街で遊び、親や教師に反抗し、「気づけば家庭や学校に居場所を失くしていた」

『自分が死ぬか家族を殺すかしか…』


 家庭の様子については、「本当に嫌な記憶というのは忘れてしまうものなのか、私自身もはっきり覚えていないが、当時、私の家庭は荒れはじめていたと思う」とありました。父親は単身赴任で、中学3年生の仁藤さんと小学生の妹を抱えた母親は、仁藤さんが家に帰るたびに口うるさく怒り、仁藤さんはだんだん家に帰らなくなったとのこと。

 鬱病という診断を受けていた母親は、「あなたは精神的にどうにかしてるのよ」と言い、仁藤さんの携帯電話を奪って、「返してほしかったら一緒についてくるように」と無理やり、自分が信じているカウンセラーのところへ仁藤さんを連れて行ったそうです。

 また、数日ぶりに家に帰ると珍しく家にいた父親から「お前はこの家に住む資格はない。この家に住むなら家賃を払え」と言われて力づくで部屋から引っ張り出されたり、仁藤さんが不在のときに仁藤さんのベッドや服が捨てられていたことなども。「ここには書きたくないようなことや書けないようなこと」などもたくさんあり、「『自分が死ぬか家族を殺すかしか生きる道はないのではないか』と本気で思ったこともあるくらい、どうしようもない状態に陥っていた」

メイドカフェでのアルバイト


 家にも学校にも居ずらくなった仁藤さんは「一人で生きていくしかない」と思い、アルバイトを始めます。コンビニやファミレス、ティッシュ配りやスーパーでの試食販売員を掛け持ちでやったりします。

 また、キャバクラのキャッチに声を掛けられたことがキッカケで、高校1年生の終わりごろから、キャバクラや風俗店の系列の「メイドカフェ」で、「姫」という源氏名で働き始めたそうです。面白半分で来店する顧客には「ぼったくりだ」と言われるような高い料金設定のお店で、「お触り禁止」にも関わらず、女の子を触ろうとしたり、「今日の下着は何色?」と聞いてくる顧客もいるようなお店だったとのこと。

 そのお店で働いていた女の子は、アニメが好きだったり、メイド服を着てみたいという女の子もまれにはいましたが、継母からの虐待の傷をつけて出勤してきたり、掛け算ができないために給料をごまかされたりなど、「ほとんどの女の子が何らかの事情を抱えていた」そうです。

 仁藤さんは「経営者も客もバイト仲間も、誰のことも信じてはいけない」と心に決めます。が、店長は、未成年者に売春をさせたために刑務所に入り現在執行猶予中ともいわれていた男で、誰かが無断で辞めると「あいつ許さない」と言って居場所を探したり、アルバイトの女の子が辞めたいというとブチキレてガラスの灰皿を床に投げつけて割ったとのこと。

 ただ、一方では、15歳で時給1200円から1500円ももらえ、深夜12時や2時などまで働くと家族と顔を合わせなくて済み、うまくすると系列のキャバクラの女の子と一緒に帰りに車で家まで送ってもらえた「メイドカフェ」は都合がよいと感じていたようです。

 将来やりたいこともなく、高校で勉強することに意味を感じなかった仁藤さんは、2年生の7月に高校を中退しました。

阿蘇敏文さんとの出会い


 仁藤さんは、高校中退後、「高等学校卒業程度認定試験(高認)」の合格を目指す人向けの「河合塾コスモコース」(コスモ)という予備校のコースに入校します。

 コスモは、高認受験、高校中退や不登校者や中卒者の大学受験、総合学習のための予備校で、学習状況や進路らに合わせて必要な科目をスタッフと一緒に組み立てます。心について考えるゼミや本気で遊ぼうというゼミなどのゼミ活動や、スポーツや編み物、お菓子作りなどのサークル活動、有志参加の合宿もありました。

 高校中退から4か月後の11月、仁藤さんは高認を受験し、合格しました。

 高認受験を終えて17歳になろうとしていた仁藤さんは、1人の女の子から誘われて、毎週土曜日に畑で農作業をする「農業ゼミ」に参加します。仁藤さんは、おしゃれブーツでヴィトンのバッグを持って農園に行ったそうですが、「農業ゼミ」の講師で、教会の牧師をしていたという阿蘇敏文さんと出会います。

 仁藤さんは、1940年生まれの阿蘇さんから、戦時中のことや阿蘇さんが学生運動をしていた頃の事からはじめ色々な話を聞きます。阿蘇さんは、仁藤さんに個人として向き合いました。仁藤さんは阿蘇さんを信頼するようになります。

河合塾コスモコース


 2年半、毎週農園に通った仁藤さんは、さまざまな経験をして、多くの大人たちと出会いました。

 阿蘇さんは、日比混血児の支援をするNPOの理事をしていたり、難民支援の活動をしていたり、山谷のドヤ街の人を支援するお弁当屋さんに野菜を送っていたり、クルド難民を支援していたり、日本で飲食店を出す外国人をサポートするなど様々な活動を行っており、年齢や職業、国籍を問わず多くの友人を持っていました。

 仁藤さんは、阿蘇さんに連れて行ってもらったフィリピンで、女の子たちが「RISA」や「YURI」など日本名の源氏名で、日本人を相手に安い賃金で風俗店で働いていることを知ります。衝撃を受け、なんとかしたいと思い、次の年に大学の社会学部へ進学することを目指しました。

大学生活


 2009年の4月、仁藤さんは大学生になりました。授業中におしゃべりをしている学生が多いことに驚きますが、「高校を中退している私は他の学生より勉強ができない」と思い、毎回しっかりと授業を受け、1年生の終わりには「学業優秀賞」を受賞。しかし、授業の手の抜き方がわかってくると、学生生活に物足りなさを感じるようになります。阿蘇さんに近況を報告すると、「大学は与えられた勉強をする場ではなく、自分で学んでいく必要がある」とアドバイスを受けます。

 国際協力活動をするボランティアサークルに入った仁藤さんは、フィリピンの小さな村で行っていた女性たちの自立支援を目的とするプロジェクトや、ネパールでのボランティア活動に参加します。活動を通して、高校時代、自分を不幸せだと思っていた仁藤さんは、「幸せ」を感じることができるようになっていました。一方で、仁藤さんの友人たちは、自殺未遂をしたり、風俗店で働いていたり、AV女優になっていたりしました。

 仁藤さんは、友人たちの状況を何とかしたいと思いつつも、何もできませんでした。16歳のときに、友人と交わした「将来うちらのことを見下すような大人じゃなくて、まともな大人になって、今のうちらみたいな子たちを助けられるようになろう」という約束を思い出し、活動の場所を、国際協力から高校を対象としたものに変えていきます。大学2年生の終わりには、若者向けのフェアトレードファッションショー「ハビ☆コレ」を企画し、成功させます。

東日本大震災とColabo


 2011年3月11日、東日本大震災が発生します。約2週間後、被災地へニーズ調査に行くという友人の話を聞き、仁藤さんも現地に行くことにしました。約3週間後の4月頭、宮城県石巻市に到着します。

 1か月間、現地に滞在し、小中学生は同じ避難所や近くの避難所に学校の友人がいることが多い一方、居住区域がバラバラの高校生は学校の友人と離れ離れになっているという現状を見て、仁藤さんは高校生たちに話し掛け、心を通わせて行きます。リストカットの痕がある高校1年生の少女は友人が津波に流され、壁から手が出てくるなどの幻覚を見るようになり、避難所の病院で睡眠薬をもらっていました。「眠れない」と言う少女に、仁藤さんは「じゃあ眠くなるまで付き合うよ」と声を掛け、話を聞きます。24時を過ぎた頃、少女はすんなりと眠りに付きます。少女は日記に、「昨日はいろいろ話せて少しラクになった」などと記します。仁藤さんは、「私だからできること」がここにもあるような気がしました。

 1か月ほど石巻に滞在し、いったん東京に戻った仁藤さんは、お菓子を使って被災地域のために活動できないかと考え、石巻市の大沼製菓に電話をし、高校生と一緒にお菓子の商品開発をして、売り上げの一部を地域のために使うことを提案します。仁藤さんは、「Colabo」という団体を立ち上げました。

 宮城県女川高校と大沼製菓とのコラボが実現し、高校生たちがアイデアを出し合って大沼製菓が製造した「たまげ大福だっちゃ」が完成。石巻駅前で行われたイベント、高校の文化祭などでまたたく間に完売し、メディアの報道を通じて広く知られ、全国で販売されます。

週に2日は東京の大学に通いながらプロジェクトを進めた仁藤さんは、通常なら、高校生に「地域のために使うように」と言って活動資金を渡しても何ができるかわないらないだろうが、女川高校の生徒たちは「たまげ大福だっちゃ」での経験を通して、さまざまな出会いをし、自分たちの可能性に気が付き、地域や誰かのために自分ができることは何かと考えて行動できるようになった、と記していました。

 2013年5月、仁藤さんは「Colabo」を法人化。渋谷に女子高生が安心して立ち寄れる「コラボスペース」を作り、大学生とともに高校生を対象にした「高校生ボランティアセンター」の運営を始めました。

難民高校生の読書感想文


 「難民高校生」を読み終えて、“眼には見えない財産”というものを考えさせられました。

 仁藤さんは“難民高校生”だった時は、“金銭的な溜め”も、“人間関係の溜め”も、“精神的な溜め”もなかったそうです。それでいて、あるいは、だからこそ(?)、「自分が死ぬか家族を殺すかしか…」や「一人で生きていくしかない」などと思い詰めていました。

 “金銭的な溜め”はないにしても(というか、なくても当たり前)、幸せな家庭で育っている小学生、中学生、高校生なら、“家族力”をはじめ、親や祖父母の交友や親戚などの力もあり、本人にその意識がなくても“人間関係の溜め”も、“精神的な溜め”も持っていて、心の余裕もあると思います。むしろ、しっかりとした家庭に育っている子どもは、自分には“溜め”があるとかないとかを意識することはなく、もちろん、「一人で生きていくしかない」などという発想すら持つことがないのかもしれません。

 「難民高校生」を読むと、仁藤さんと両親との関係は仁藤さんが「殺すしかない」とまで思い詰めるような関係だったようです。また、妹についての記載はほとんどありません。大学入学前に大好きだった祖父が亡くなった時点では(その時、仁藤さんの両親は離婚していて、仁藤さんは母親と暮らしていたそうです)、家庭での“人間関係の溜め”はゼロという印象です。が、その後、母親との距離は少しずつ縮まり、周りの人の力も借りて(阿蘇さんが家族の会話のキッカケになればとの想いから気遣いをしてくれていたことなども記されていました)、最近になって「家族との距離の取り方がわかってきたような気がしている」と記されています。

 そんな仁藤さんですが、本の末尾にあった「謝辞」で、「私を生んでくれた両親と可愛い妹」と記し、感謝していました。「謝辞」ってそういうものだからと言う人もいるかもしれませんが、家族についてはマイナスのこと以外あまり書かれていなかったので、「私を生んでくれた」や「可愛い」などの言葉が、唐突に思えました。両親については、「私を生んでくれた」と感謝するまでに至った経緯は記されておらず、妹についてはもともと可愛いと思っていたのかどうかなども不明です。「難民高校生」という本の目的が家族を振り返り、家庭問題を掘り下げることではなかったということかもしれません。

 髪の毛を明るく染め、膝上15センチの超ミニスカートで毎日、渋谷の街をふらついていた仁藤さんは、コスモで阿蘇さんと出会うことにより、初めて、大人から真剣に向き合ってもらうことや、大人に導いてもらうことを知ったのかもしれません。ちゃんとした家庭であれば、そもそも親がそういう存在だと思うのですが、親がそういう存在ではなかった仁藤さんは、阿蘇さんに全幅の信頼を置いて、阿蘇さんに導かれていったのだと思います。

 そして、印象的だったのは、阿蘇さんが仁藤さんに多くの人との出会いや関係性というものをもたらしたのと同じように、仁藤さん自身が、周りの人たちや被災地の高校生たちに、人との出会いや関係性というものをもたらしていたことでした。

 大学生になってボランティア活動を始めた仁藤さんは、東日本大震災が発生した際は、いろいろな団体や人たちから連絡をもらったそうです。日頃から行動していた仁藤さんが生んだ関係性だと思うのですが、被災地では、「たまげ大福だっちゃ」の商品化を通して、今度は、女川高校の生徒たちに、大沼製菓の人たちとの関係をはじめ、地域の人たちとの関係、被災地のために活動している大人たちとの関係など、多くのものをもたらしていました。「何かしたい」と思っていても、何をしたらよいのかわからなくて何もできないというはがゆい気持ちで過ごしていた高校生たちにとっては、そういった関係を作ってくれる仁藤さんは、仁藤さんにとっての阿蘇さんのような存在に見えたのかもしれません。

 そういった“人間関係の溜め”や“精神的な溜め”は、“眼には見えない財産”だと思いますが、仁藤さん自身が“目には見えない財産”を積み上げて、また、高校生たちに“目には見えない財産”をもたらす人であるからこそ、仁藤さんの周りには人が集まるのかもしれないと思いました。


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