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オーバー・フェンス/佐藤泰志のあらすじと読書感想文

2015年8月12日 竹内みちまろ 参照回数:

オーバー・フェンスのあらすじ


 職業訓練校の建築科に通う僕(白岩)は、建築関係の仕事に就くつもりはなかった。職業安定所の係員から、職業訓練校に通えば失業保険の受給期間が1年間に伸び、日に550円ほどの受講手当も貰えると勧められた。海峡を連絡船で渡った先にある町は、唯一の雇用を守る存在であるともえる造船会社さえ傾きかけ、不況の真っただ中にあった。

 僕は、東京では、頑張り続ければマイホームを手に入れられるくらいの会社に勤めていたが、2年間一緒に暮らした妻の実家から一方的に離婚を持ち出された。仕事漬けだった僕が家に帰ると、育児ノイローゼにかかっていた妻は、「あなたがいる限り、この子は育たたない」と僕をなじり、2人の間の赤ちゃんの顔に座布団を押し付けた。

 僕は1週間かけて妻を説得し、神経科の医者に見せ、一方で、上司に定時で帰ることを申し出た。上司からは「家族の問題も制しきれない男は仕事なぞできる男の内に入らない」と言われた。医師は核家族の若い母親にはよく起こることと告げた。妻は瀬戸内海の実家で赤ちゃんを育てたいといい、医師も「そのほうが奥さんのためにいいかも知れない」と同意。僕は、妻と娘を連れて、妻の両親に事情を説明して、「彼女が落ち着くまでお願いしたい」と頭を下げたが、1か月後、郵便受けに妻の父親の手紙と離婚届が着いた。

 退職した僕は、故郷に帰り、実家に数日いたあと、アパートを借りた。部屋にはラジオ以外ほとんど何もなく、職業訓練校に通い、毎日、部屋で350ミリの缶ビールを2本飲んだ。

 建築科には、元暴走族のシマ、自動車修理工を目指す若い健一、定年退職になるまで石炭を掘り続けた勝間田、海底トンネルでの工事をしていた岩田、アルミサッシの取り付け工事店にいた代島、東京でタクシードライバーをしていて左手の小指の第一関節から先がない原、トルエンを吸っていると噂の森など、年齢も経歴もさまざまな生徒たちが通っていた。

 僕は、代島に幼なじみという花屋の娘の田村聡(さとし・22歳)を紹介された。聡は、先日まで付き合っていた男の子供を堕ろしたという。愛さなければならない人ができることを煩わしいと感じていた僕は乗り気になれなかったが、聡と関係を持つようになった。

 職業訓練校では6月の第1週に科対抗のソフトボール大会があった。僕と代島は、前日に、突然正気を失ってもの凄い力で暴れ始めた森を取り押さえたため、打撲を負っていたが、代島は痛みをこらえながら守備に就き、僕は、「僕自身の力で越えなければならないものに向って」力をみなぎらせて、バットを振り抜いた。

オーバー・フェンスの読書感想文(ネタバレ)


 「オーバー・フェンス」は、読み終えて、他人、あるいは他人の心というものは結局は自分には分からないものなのだと思いました。そして、それでもなお、人間は、社会の中で、他人と関わって生きていかなければならないのだと思いました。

 僕は、妻とのことを悪く言う妹をいさめる一方で、「あの時にも妻がああなる理由がわからなかった」と思い起こします。「済んだことだ、思いだすな、僕の心の底だけに取っておくんだ」と、妻とのことを心の中にしまっておきつつも、こだわることはやめようともがきます。

 僕は、「これしきのことで娘を実家に戻して寄こすきみの無責任でつめたい仕打ちには腹も立ち、娘ももうそちらへ帰る気持はまったくない」と書いて寄こした義父や、「家族の問題も制しきれない男は仕事なぞできる男の内に入らない」と言った上司には生理的な嫌悪感を抱いていました。「向きになって戦おうとする場所や人間たちから逃げたい」とも。

 僕は、妻の心が分からないことに胸を痛めているのかもしれないと思いました。妻の育児ノイローゼは、神経科の医師にとってはよくあることで、義父や上司にとっては「これしきのこと」なのかもしれません。しかし、僕にとってはとても大切なことで、妻との出来事に向き合おうともがく僕の姿から、青春の焦りや衝動などという言葉ではいい表せない、人間としての真摯な姿勢を感じました。

 そんな僕が、「僕自身の力で越えなければならない」と語り、妻との出来事や、妻の心が理解できないことを自分自身の問題として捉え、妻の心が分からないことを受け入れようとしているとも解釈することができるラスト・シーンは、鮮やかに心に焼きつきました。

 人間は、他者の心が理解できない孤独な存在ですが、それでもなお、自分自身の力で、前に進まなければならないのかもしれないと思いました。


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