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痴人の愛/谷崎潤一郎のあらすじと読書感想文

2016年3月6日 竹内みちまろ 参照回数:

痴人の愛のあらすじ


 「私(=河合譲治)」は数え歳で28歳(満年齢では26歳〜27歳程度)。幼い頃に父親を亡くして母親の女手ひとつで育てられた。「私」の家は栃木県宇都宮の大農家で、妹2人との3人兄弟。総領息子だったが、地元で中学校(現在の高校)を卒業すると蔵前にあった東京高等工業学校(現在の東京工業大学)に入学し、そこを卒業して、大井町にある電気会社の技師となった。質素でまじめな性格から会社での信頼も厚かった。

 一方で、人付き合いが苦手で、友達もいない「私」は、楽しみと言えば、活動(映画)を観たり、銀座通りを歩いたり、たまに帝劇に行くくらいだった。異性との交際もなく、そのため会社では「君子」という評判すらあった。が、通勤電車の中や、銀座通りや、帝劇の廊下では、常に女を観察していた。

 「私」は、ナオミ(奈緒美/満年齢では13歳〜14歳程度)を、浅草の雷門の近くにあるカフェ・ダイヤモンドで初めて見た。「奈緒美」という名前に惹かれ、「NAOMIと書くとまるで西洋人のようだ」と好奇心を寄せた。単調な暮らしに変化を起こしたいとも思っていた「私」は、望みが有りそうならナオミを教育をしてやり、将来、自分の妻にもらっても差し支えないと考えた。

 計画を打ち明けると、ナオミはすんなりと承知した。渋るナオミを説得して、父親はいないというナオミの母親と兄に会ってナオミを引き取りたいことを告げた。ナオミの家族は、あっさりと承知した。母親によると、もともとナオミを芸者にするつもりだったところ、ナオミの気が進まなかったため、仕方なくカフェに奉公に出したという。

 「私」は、ナオミとの生活のために、会社のある大井町に近い大森に洋館を借りた。ナオミは屋根裏の三畳の部屋で寝て、「私」はその隣にある四畳半で寝た。毎朝、「ナオミちゃん、もう起きたかい」「おお、起きてるわ、今もう何時?」「六時半だよ、−−今朝は僕がおまんまを炊いてあげようか」「そう? 昨日はあたしが炊いたんだから、今日は譲治さんが炊いてもいいわ」などと、言葉を交わした。

 カフェの頃は、青みを帯びた不健康そうな顔色で、無口だったナオミは、大森の家で暮らし始めてから、顔色も健康そうになり、性格も快活で晴れやかになっていった。英語、ピアノ&声楽を習いに通い、家にいるときは、習って来た歌を歌ったり、「私」と鬼ごっこをしたり、「私」とお馬さんごっこをしたりして過ごした。

 その夏の2週間の休みに、「私」はいったん宇都宮の実家に帰省した。しかし、ナオミが恋しくなり、大森の家の帰った。浅草の実家に戻っていたナオミを迎えに行くと、ナオミはすぐについて来た。

 ナオミが海水浴に行きたいと言い、8月の初めに鎌倉に泊まりで遊びに行った。それまでナオミの裸体を見たことがなかった「私」は、ナオミの水着姿を観て、ナオミの四肢が整っていることに歓喜した。

 「私」はナオミの身体を洗うことが習慣になった。「私」はナオミを「大きなベビーさん」と呼び、ナオミは「私」を「パパさん」と呼んだ。「私」は双方の実家から合意を得た上で、ナオミを妻に迎え、2人は正式は夫婦になった。

 1年間でナオミの衣装は増えて行った。一方、勉強はさっぱりで英語の文法などはほとんど身に着けていなかった。「私」は学問の進展が悪いことでナオミをさんざんけなし、「やっぱり育ちの悪い者は争われない、千束町の娘にはカフェの女給が相当なのだ」と諦めた。が、一方では、「ますます強く彼女の肉体に惹きつけられて行った」。「私」は「精神の方面では失敗したけれど、肉体の方面では立派に成功したじゃないか」と自分に言い聞かせた。

 2人の生活は続き、ナオミは18歳、「私」は31歳になった。

 残暑が厳しい9月初旬、会社が早く終わった「私」が大森の家に帰ると、ナオミが浜田という慶應義塾の学生と庭で話をしていた。ダンスを教えるクラブを創設するからナオミに入ってくれと誘いに来たという。「私」もダンスを習うことになり、ナオミと2人で楽器屋の2階にある稽古場へ行った。慶應義塾の学生らしい男たちが、「私」とナオミをじろじろと見た。

 ナオミは毎月、新しい着物をつくり、「私」が会社に行っている間に日本料理、西洋料理、寿司、鰻、お菓子などの出前を好き勝手に取るなどして贅沢を尽くした。ダンスの月謝も払わねばならず、毎月の支出が月給を超えるようになっていた。それでもナオミの贅沢は際限がなく、ナオミがすねると、「私」は「あのお金で買って上げるよ、ね、いいだろう、……」、「国へそう云って、金を送って貰うからいいよ」などとナオミの要求に従った。

 大森の家には、浜田、熊谷など、ナオミの男友達が入り浸るようになった。熊谷と浜田が泊まっていった夜は、1つの蚊帳の中で4人で眠った。同年代の友達がいない「私」は、1人だけ若者たちの中に混ざって居心地の悪い時間を過ごしたが、男たちが来れば必ず、洋食をごちそうした。「私」の出費は、かさむばかりだった。

 8月に、ナオミが、久しぶりに「あたしたちの記念の土地」である鎌倉に行こうと誘い、「私」は植木屋の離れを間借りした。離れの話はナオミが持ってきたのだが、ナオミは「私」には音楽教師の杉崎経由で紹介された物件だと嘘を付いていた。実態は、複数いた男友達の中で一番深い中だった熊谷の関係の別荘だった。ナオミがねだるので、10日間の夏休みが終わっても離れを借り続け、「私」は汽車で鎌倉から大井町の会社に通った。

 8月の末頃、残業が早めに終わり、「私」が鎌倉の家に帰ると、ナオミは不在だった。「私」は植木屋のおかみさんを問い詰めて、ナオミが男友達とたびたび外出することを知った。おかみさんから聞き出した熊谷の親戚の別荘に行くと、由比ヶ浜に出る裏門の先からナオミの声がした。

 「私」は、ナオミを尾行した。ナオミは黒いマントを羽織り、熊谷、浜田、関、中村の4人に囲まれていた。「私」は木陰に隠れようとした時に浜田に見つかった。辺りはシーンとしたが、酔っていたナオミが「パパさん? パパさんじゃないの? 何しているのよそんな所で? みんなの仲間へお這入りなさいよ」と言い、「私」の前にやってきて、マントを開いて「私」の肩に腕を載せた。マントの下のナオミは全裸だった。「私」は「何だお前は! 己に端恥を掻かせたな! ばいた! 淫売! じごく!」と憤った。酔っていたナオミは「おほほほほ」と笑い声をあげた。

 翌日、「私」は一度も休んだことのない会社を休んだ。ナオミを問い詰めるが、ナオミは落着き払った態度で相手にしなかった。3日目の朝に会社に行くと装って家を出て、ナオミの浮気の証拠になる手紙でも残されていないかと大森の家に行った。大森の家には、浜田が寝ていた。ナオミと密会する予定だったという。浜田は「自分の罪を打ち明けようと思っていました」などと涙を流した。「私」は浜田からナオミについて聞くうちに、浜田と意気投合した。

 「私」はナオミにわだかまりを持つようになった。関係を修復しようと「お前、子供を生んでくれないか」と持ちかけるも、ナオミは断った。「私」は次に、大森の家を畳んで、純日本式の中流の家に引っ越し、女中を置いて常識的な家庭を作ろうと計画した。ナオミには告げずに、物件探しを始め、実家に金が必要だと手紙を送った。母親は、とりあえずこれだけと云って1500円という大金を為替で送ってきた。

 11月初旬、引っ越しの準備を進める一方でナオミを怪しいと睨んでいた「私」は、ナオミの化粧が派手なことに気が付き、会社に行くと装って物置小屋の炭俵の陰に隠れた。ナオミと熊谷が密会していることを確認した。「私」は「出て行け!」と怒鳴りつけた。ナオミは「堪忍して」としおらしく涙をためたが、「私」が「畜生! 犬! 人非人! もう貴様には用はないんだ! 出て行けったら出て行かんか!」と怒鳴ると、急に態度を変えて、「じゃあ出て行くわ」とあっさりと出て行った。

 ナオミが出て行くと、「私」は一旦は安心したが、すぐにナオミの名前を呼びながら床にひたいを擦りつけたりしてナオミを恋しがった。浜田にナオミの居場所を突き止めて欲しいと頼み、ダンスホールで声を掛けられた外国人を追ってナオミが横浜に行ったりしていることを知った。浜田は、「今では事実、誰も真面目にナオミさんを相手にする者はありゃしないんです。熊谷なんぞに云わせると、まるでみんなが慰み物にしているんで、とても口に出来ないようなヒドイ仇名さえ附いているんです」などと語った。「私」は、熊谷や浜田に留まらず、ナオミが関や中村とも関係を持っていたことを知った。

 「私」は孤独と失恋に苦しめられていたが、郷里の母親が脳溢血で突然、亡くなった。「私」は「自分のような田舎者には結局田舎が適しているのだ。自分はこのまま国に引っ込んで、故郷の土に親しもう」などと思った。12月に入ってから会社を辞めることにして、年末で退職することになった。

 12月半ばのある日、ナオミが突然家にやってきた。荷物を取りに来たという。ナオミは、わざと「私」から見える場所で着替えをし「さよならァ」と出て行った。

 次にナオミが家に来たとき、「私」は西洋人が家に来たのだと思い、初めはそれがナオミだと気が付かなかった。合鍵を幾つも持っていたナオミは、毎晩、家に来るようになった。ナオミは「ただのお友達として、譲治さんと付き合いたいの」などと言いながら、チラチラと肌を見せたり、「友達の接吻よ」と言って息を吹きかけたりし続けた。

 ナオミが私に体毛を剃らせている時、ナオミは「さ、今度は腋の下」と言って、肘を高く上げて脇の下を「私」にさらした。「私」は剃刀を捨てて、ナオミに飛び付いた。ナオミは予想していたかのように「私」を跳ね返し、「何をするのよ!」と鋭く叫んで立ち上がった。「私」はナオミの足元にひざまずき、「よ、なぜ黙っている! 何とか云ってくれ! 否なら己を殺してくれ!」などとすがった。「じゃあ己を馬にしてくれ、いつかのように己の背中へ乗っかってくれ、どうしても否ならそれだけでもいい!」と四つん這いになった。

 「私」を見るナオミの目には「殆ど恐怖に近いもの」が浮かんだ。が、ナオミは意を決して「私」の背中に跨り、「さ、此れでいいか」と男のような口調で言った。ナオミは「何でも云うことを聴くか」、「あたしが要るだけ、いくらでもお金を出すか」、「あたしに好きな事をさせるか、一々干渉なんかしないか」と畳みかけた。「私」はナオミの言うことすべてに同意した。

 「私」は、ナオミがあらかじめ見つけておいた横浜・山手にある西洋館を借りた。

 3、4年経ち、ナオミの贅沢はエスカレートする一方で、山手の家も手狭になり、本牧のスイス人が住んでいた家を家具ごと買った。会社を辞めた「私」は、実家の財産を処分し、学校の同級生2、3人と電機機械の製造・販売を目的にする合資会社を設立。一番の出資者であったため、仕事は友人がやってくれ、「私」は毎日事務所に出る必要はなかったが、ナオミが「私」が家にいることを嫌がったため、「私」は毎日、会社に顔を出した。

 「私」は、ナオミの発案で、ナオミと別の部屋で寝るようになっていた。ナオミは毎朝、紅茶とミルクを飲んで、化粧をして、使用人にマッサージをさせ、晩には着飾って出かけるという暮らしをした。熊谷や浜田たちとは遊ばなくなったが、西洋人の愛人を次から次へと作った。

 「私」は「我ながら不思議に思うくらい大人しいものです」という。「未だに、嘗てナオミに逃げられた時の、あの恐ろしい経験を忘れることが出来ないのです」とのこと。ナオミは今年23歳で、「私」は36歳になる。

痴人の愛の読書感想文


 「痴人の愛」を結末まで読み終えて、「私」の劣等感はどこからくるのだろうと思いました。

 「私」は白人への憧れを強烈に持っています。最初にナオミに注目したのも、「NAOMI」と書くと西洋人の名前みたいだと思ったからで、「奈緒美」と書くべきところを「ナオミ」と記し始めました。

 ダンスクラブで、ダンス教師をしているロシア人女性のシュレムスカヤ伯爵夫人が「白い手」を差し伸べて来たとき、「私」は生まれて始めて「西洋の夫人と握手する『栄光』に浴した」と記されています。(シュレムスカヤ伯爵夫人は、革命騒ぎで夫や子どもたちとはぐれ、身ひとつで日本へ逃げて来たそうです)

 ダンス教室で、背の高いシュレムスカヤ伯爵夫人の胸に抱かれてレッスンをする時間が、「私」にとって「何よりの楽しみ」となります。シュレムスカヤ夫人の香水と腋臭の混ざった「甘酸っぱいようなほのかな匂」を、「ああ、これが夫人の白い体から放たれる香気か」と恍惚に感じながら、夫人の脇の下の匂いを「貪るように嗅いだ」とありました。

 また、冒頭付近では、「私」は、結婚はしようと思えばいつでもできるということを説明する際に、「田舎者ではありますけれども、体格は頑丈だし、品行は方正だし、そう云っては可笑しいが男前も普通であるし、会社の信用もあったのですから、誰でも喜んで世話をしてくたでしょう」と、自信満々に記しています。

 しかし、シュレムスカヤ夫人が「私」の前に現れたとたん、「若しも私に十分な金があって、気随気儘な事ができたら、私は或は西洋に行って生活をし、西洋の女を妻にしたかも知れません」などと話し始めます。しかし、そう言いつつも、「男振りに就いての自信がない」と自虐を始め、「何しろ背が五尺二寸(約158センチ)という小男で、色が黒くて、歯並びが悪くて、あの堂々たる体格の西洋人を女房に持とうなどとは、身の程を知らな過ぎる。矢張日本人には日本人同士がよく、ナオミのようなのが一番自分の注文に嵌まっているのだと、そう考えて結局私は満足していたのです」と結論付けていました。

 「私」は、勉強はできるようですが、友人を作ったり、コミュニティの中で交際を広げたりすることは苦手でした。さらに、ナオミが英語を習っているにもかかわらず、文法がまったく分かっていないことを知ると、以前はほんの30分ほどおさらいをしていただけだったところ、毎日、1時間や1時間半以上もかけて、ナオミに和文英訳などをさせるようになりました。

 ナオミは文法がまったく分かっていないのですが、「私」はナオミが間違った回答をしても、「決して何処が悪いとも云わないで、『何だいお前、此れじゃ分かっていないんじゃないか、もう一度文法を読み直して御覧』と、何遍でも突っ返します」。さらに、正解を教えずに、ひたすらナオミに回答させて、「まだこんな事が分からないなんて、何処に頭を持っているんだ」などと何度もけなします。しまいには「今夜一と晩中かかっても出来るまでは許さないから」と激しく鉛筆を叩きつけて、ノートをナオミの前に突き出します。ナオミは、ノートをビリビリに引き裂いて、「物凄い瞳を据えて」私の顔をにらみつけました。

 文法を身につけさせたかったら、怒鳴ったり、けなしたりしないで、最初から、英語の文法というものが日本語とは根本的に違うことや、文法を覚えることがいかに大切かをナオミが納得するように話して聞かせ、基礎を一つ、一つ、ていねいに根気よく教えてあげれば済むことです。「私」には毎日ナオミと向き合う時間もありました。しかし、「私」がやったことは、正解を教えずにひたすらナオミをけなしただけでした。そんなことをしても、ナオミが文法を理解できるはずがありませんし、かえって、勉強をしようという気持ちを削ぐだけです。

 ただ、文法の場面を読んで、ふと、「私」には、上記したことが分からないのかもしれないと思いました。

 「私」は自分が頭がいいので、勉強が理解できないという現象が出来ず、さらに、勉強ができない人に文法を理解させるにはどうしたらいいのかということも分からないのかもしれないと思いました。さらに、やり方を教えないで、なぜできないのだとけなしたりしていれば、どういう結果を招くのかも分からないのかもしれません。

 「私」は、自分一人で何かを学んだり、仕事をしたりする分には問題はないのですが、自分が文法を理解できることと、人に文法を身に着けよう思わせることや、人に文法を教えられることはまったく違った能力です。「私」は後者の能力を一切、持ち合わせていないのかもしれないと思いました。

 もうひとつ、「私」の人格を考える上で、印象深い場面がありました。銀座のカフェ・エルドラドオのダンスホールで、「私」が帝劇の春野綺羅子(きらこ)にリードされてダンスをする場面でした。

 綺羅子は抱き締められたら折れてしまいそうな小柄な美女。ナオミが日頃から自慢にしているのと同じ見事な歯並びを持っていました。

 綺羅子は浜田の紹介で、「私」とナオミがいる席に来ます。あとから熊谷と井上菊子という、豊艶な肉体を顕わにした25、6歳の女も加わり、会話を始めました。

 ただ、そこで行われたのは会話といえるものではなく、ナオミと熊谷と浜田と「私」しか知らない菊子に付けた「猿」というあだ名を持ち出して、菊子に「菊子さんは猿がお好き?」などと聞くことによって、ナオミが熊谷と浜田を相手に菊子をバカにして自己満足に浸るだけの低俗なものでした。

 菊子と熊谷が踊りに行ってしまうと、ナオミは綺羅子に「みんながあんなに笑っているのに、気が付かないなんてよっぽど馬鹿だわ」と菊子をバカにします。綺羅子は、半ば呆れ、半ば蔑むような眼つきでナオミを盗み見ますが、(かかわりたくなかったためか)どこまでも「まあ」の一点張りでやりすごしました。

 そんな綺羅子と「私」がダンスをすることになりました。ナオミと踊っているときの「私」は必死になればなるほど周りが見えなくなり、一方で、ナオミから「ほら又すべった!」とか「此方が窮屈で仕様がないわよ!」などときつい口調で小言を浴びせかけられてばかりでした。

 しかし、綺羅子と踊り始めると、「此方の呼吸をよく呑み込んで、私のような下手糞を相手にしながら、感のいい馬のようにピタリと息を合わせ」ます。「私の足は自然と活発なステップをふみ、恰もメリー・ゴー・ラウンドへ乗っているように、何処までもするすると、滑かに廻って行きます」。「私」が思わず「愉快々々! 此れは不思議だ、面白いもんだ!」と声をあげると、綺羅子は「まあ、お上手ですわ、ちっとも踊りにくいことはございませんわ」と「私」に優しく声を掛けます。

 「私」は綺羅子とはそれっきりでした。

 「私」は、カフェの給仕をしていた頃のナオミは、「こんなガサツな、生意気な女とは似ても似つかないものだった」と憤ります。こんなはずじゃなかったと後悔をして、さも自分が被害者であるかのような発想で自分を慰めますが、現状は何も変わらず、かつ、何も変えようとせず、引き続き、ナオミやその取り巻きたちとの生活が続きます。

 「私」は、綺羅子のような良識と優しさをもったスマートな女性を友人に持っていたら、人生が違ったものになっていたのかもしれないと思いました。

 「私」の劣等感は、生まれや外見から来るもののように感じましたが、劣等感を含めて「私」は決してスマートな人格を持ち合わせた男性とは言えず、類は友を呼ぶとでもいいますか、ナオミという自分と同じような人間と繋がって、破滅への道を歩いていたように感じました。


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