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煙草と悪魔/芥川龍之介のあらすじと読書感想文

2006年6月3日 竹内みちまろ 参照回数:

煙草と悪魔のあらすじ


 「煙草と悪魔」のストーリーは、ちょっとした小話の積み重ねで構築されています。

 悪魔は、フランシスコ・ザヴィエルに仕える修道士に化けて日本に来ました。キリスト教の布教がはじまったばかりの時代です。まだ日本にはキリスト教徒が一人もいませんでした。悪魔は、誘惑する相手を見つけることができずに困ってしまいました。当面は、園芸でもして時間をつぶそうともくろみます。根気よく畑をおこして、たばこを植えはじめました。悪魔は、のんびりとした時間を過ごしたようです。暁に遠くから眠そうに響いている鐘の音は、西洋で聞いた頭にかあんと響く鐘の音のような不快さがありませんでした。しかし、悪魔は、寺の鐘を聴いて、いっそう不快になったそうです。のんびりとした鐘の音を聞いていると不思議と心がゆるんでしまい、悪を行おうとする気持ちが薄れてくるのを感じたからでした。この悪魔、なんとなく、愛嬌があります。

 やがて、たばこが花を咲かせました。悪魔は、嬉しくて仕方がありません。日本では、たばこの花を見たことがある人はいませんでした。道行く人はみな、何の花ですかと聞きます。悪魔は、「この名だけは、御気の毒ですが、人には教へられません」ともったいぶります。ある日、牛商人が畑の前を通りかかります。悪魔は、この花の名前をあてることができたら、畑に生えているものを全部あげようと言います。牛商人は、イエス・キリストの名において、賭けにのりました。悪魔は、日本に来て、はじめて誘惑する相手を見つけました。悪魔の瞳が輝きました。あたらなかったら、あなたの体と魂をもらいますよ……。

 さて、牛商人は困り果てました。誰に聞いても花の名前を知りません。期限は3日しかありません。牛商人は、奇策をこうじました。夜中に、牛の尻をひっぱたいて、畑の中に突進させました。

「この畜生、何だつて、己の煙草畑を荒らすのだ」

 悪魔は、眠い目をこすりながら、家から出てきました。「己の煙草畑を荒らすのだ」、牛商人は、悪魔のどなり声を、しかと心に刻みました、というお話です。

 「煙草と悪魔」は、まだ続きます。伝説が終ると、次に、語り手の所見が書かれていました。たしかに悪魔は牛商人の魂を奪うことはできませんでした。しかし、代わりに、日本全国の津々浦々にまで、たばこを浸透させることができました。悪魔と人間は、両方が勝者であり、同時に、どちらもが敗者であると言えるのではないかと書かれていました。

 「煙草と悪魔」は、まだ終わりません。「それからついでに」と言って、語り手は、段落を2つ付け加えています。その段落を読んだときに、みちまろは、なんとも言えない感慨をおぼえました。そこには、悪魔のその後が書かれていました。悪魔は、日本全国でたびたび目撃されたのですが、豊臣徳川時代のキリシタン禁制で、ついに、日本から完全に姿を消したことが語られます。

 戦国時代にはじめて渡来したキリスト教は、日本に様々な変化をもたらしました。「煙草と悪魔」の本編で語られたのは、そんな時代の物語です。しかし、江戸時代の禁制によって、キリスト教は、人々の生活から排除されました。芥川は、「煙草と悪魔」の中で、ザヴィエル一行に紛れ込んで日本に来た悪魔は、イワンの妹に叱られて、ファウスト博士を誘惑した張本人であることを語っています。ヨーロッパの文豪たちが描いた悪魔は、あくまでも、「悪」であり、人間の敵です。「善」と「悪」、「白」と「黒」をはっきりと分けるのが、ヨーロッパのキリスト教文化の根底を流れる概念ではないかと思います。しかし、そんな悪魔ですら、のどかな光の中で畑をたがやし、半目をあけてぼんやりと見下ろす仏像を拝む日本の風土のなかで、善と悪、敵と味方の区別もつけずに取り込まれていった歴史を感じました。

 「煙草と悪魔」は、以下の文で終わります。

「――記録は、大体ここまでしか、悪魔の消息を語つていない。唯、明治以降、再び、渡来した彼の動静を知る事が出来ないのは、返へす返へすも、遺憾である。……」

煙草と悪魔の読書感想文


 芥川龍之介が生きた時代には、西洋の「近代」といっしょに、さまざまな西洋の「悪魔」も日本に入ってきました。こんどの「悪魔」はそれまでの「悪魔」とは規模が違います。国を広げて何もかもを自ら取り入れていったのは、日本の歴史がはじまって以来の出来事ではないかと思います。最後の一文を読んだときに、芥川が時代に何を見ていたのかを考えさせられました。いままでに単発的に渡来してきた「悪魔」たちは、日本の風土のなかに溶け込ませていくことに成功してきました。しかし、今回はそううまくいくだろうか、逆に、日本が「悪魔」に取り込まれてしまわないだろうか、(抽象的な概念で表すことしかできませんが)、芥川龍之介が見ていたものは、未来に対する不安ではないかと思いました。


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