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万延元年のフットボール/大江健三郎のあらすじと読書感想文

2016年6月10日 竹内みちまろ 参照回数:

万延元年のフットボールのあらすじ


 小学生の一団が投げた石が命中する事故で右目の視力を失った僕(根所蜜三郎)は、翻訳の仕事を共同で行っていた友人の火葬に立ち会った。

 27歳だった友人は、頭と顔を朱色に塗りつぶし、裸で、肛門にきゅうりを差し込んだ状態で自宅で縊死した。友人はコロンビア大学での留学生活を中断して帰国した後、「軽度の精神異常者」のための療養所に入り、退所していた。

 僕の妻の菜採子は、僕に、「蜜もまた、頭を朱色に塗って、裸で自殺してしまうかもしれないから、私は怖いのよ」と告げた。僕と菜採子の間に生まれた「重度の精神障害児」の赤子は、施設に入っており、菜採子はアルコールに依存していた。

 僕の弟・根所鷹四がアメリカでの放浪生活を切り上げて、帰国した。鷹四は、1960年6月の安保闘争に参加した学生のみによって構成された学生演劇団に紛れ込み、渡米していた。学生演劇団は、「われら自身の懺悔」という芝居を演じたあと、アイゼンハワー大統領の訪日を妨げたことをアメリカ市民に謝罪するという公演活動を行っていた。

 鷹四は、僕に、「新生活をはじめなければならないよ、蜜」、「いま蜜が東京でやっているすべてのことを放棄して、おれと一緒に四国へいかないか?」と持ち掛けた。

 僕と鷹四は、愛媛県の大窪村で生まれ育っており、根所家は大窪村の名家だった。四国でスーパー・マーケット・チェーンを持つ「スーパー・マーケットの天皇」こと白升基(ペク・スン・ギ)という大金持ちが、僕や鷹四の生家である根所家の倉屋敷を買いたがっているという。

 鷹四は、僕に、「それでもし蜜が売ることに賛成するなら、解体される倉屋敷をおれたちも見とどけに行くべきだと思うんだ。おれはまだ、曾祖父さんとその弟の事件を、村で正確に聞きだしておきたいと思っているのでね。そのためにも、おれはアメリカから、帰ってきたんだ」と告げた。

 僕、菜採子、鷹四、鷹四を慕う10代後半の星男と桃子の5人で「谷間の村」の倉屋敷に向かった。

 根所家の倉屋敷は、ほぼ100年前の万延元年(1860年=「桜田門外の変」などが起きた年)、僕と鷹四らの曾祖父が建てた。そして、同じ年の冬、大窪村で、大規模な農民一揆が発生した。

 大窪村の一揆の指導者は、当時18歳か19歳だった曾祖父の弟だった。曾祖父の弟は、森の樹木を切り倒した練兵場で若者組を訓練した。保守派だった曾祖父は、村の人間がたくさん死んだ一揆を収めるために、弟を殺したという。が、曾祖父の弟は森を抜けて高知に逃れて、名前を変え、明治維新で大活躍したという伝説もある。

 僕と鷹四と1番上の兄は戦死した。2番目の「S兄さん」は戦争から帰ってきたが、1945年の秋、「村の谷間を出た所に瘤(こぶ)のようについている朝鮮人部落で撲(なぐ)り殺された」。「S兄さん」が殴り殺されたのは日本人による第2回目の朝鮮人部落襲撃時のことで、第1回目の朝鮮人部落襲撃の際に、朝鮮人に死者が1人出ていたため、「S兄さん」が殺されることで帳尻を合わせる必要があったという。

 ただ、第1回目の朝鮮人部落襲撃の際、日本人の男たちは、朝鮮人部落の若い娘に対して、「S兄さん」の死だけでは償えないほどの「悪辣なこと」をしており、その代償としてか、第2回目の朝鮮人部落襲撃の後、村は、朝鮮人に、朝鮮人部落の土地を払い下げていた。その土地を全部、仲間から買い上げたのが、「スーパー・マーケットの天皇」ことペクだった。

 僕、菜採子、鷹四、星男、桃子の5人は、大窪村の倉屋敷に辿り着いた。

 大窪村で、数千羽の鶏がみな死んでしまうという事故が起きた。養鶏は、谷間の村の青年グループが活路を見出すために始めたものだったが、無計画になされていた。

 大窪村の青年グループの1人が、鷹四に、死んだ数千羽の鶏の処分の仕方をペクに相談してきてほしいと頼んだ。鷹四は大窪村を出て、ペクに会いに「地方都市」へ行った。

 「S兄さん」と同級生だった寺の住職は、僕に、「いまさら鷹ちゃんに頼むくらいなら、どうして鶏が死んでしまう前にスーパー・マーケットの天皇に連絡をとらなかったんだろうなあ。あの連中がやることは、いつもちくはぐで、なにもかもがすぐ手遅れになってしまう!」とこぼした。「谷間の人間は、二十年前強制されて森に伐採労働に出ていた朝鮮人に、今や経済的な支配をこうむっていることを、あらためて認めたくないんだ。しかも、そうした感情が蔭にこもって、わざわざ、その男を天皇と呼ばせる原因にもなっているんだなあ。谷間は末期症状ですよ!」とも。

 地方都市でペクと会って帰ってきた鷹四は、フットボール・チームを作って、村の青年グループの練習を始めた。フットボール・チームの練習風景を見て、僕は菜採子に、「凄じい眺めじゃないか。みんな楽しんでいる様子もないのに、なぜあれほど夢中なのかね?」と声を掛けt。菜採子は、「なにごとにつけても夢中でそれをやるほかには、行動法を持たない人たちなのよ」などと答えた。

 鷹四は、フットボール・チームの青年たちを倉屋敷に呼び集め、合宿を始めた。「お正月には若い連中が集まって昼も夜も一緒にすごすのが谷間の習慣だから」。

 大みそかの前日、子どもが、破壊されたまま放置されている橋の脚のコンクリートの塊にしがみ付きながら身動きができなくなるという事故が起きた。鷹四がフットボール・チームの青年たちを指揮して、子どもを救出した。村役場の助役は、僕に、「鷹四さんの統率力は大層なものですが!」と特に感銘を受けているのではない声で告げた。僕は、助役と同じく冷静な声に嫌悪を込めて「失敗したら、リンチされたでしょう」と答えた。

 雪が本格化し、橋が壊れたままの谷間の村である大窪村は、外界から遮断された。

 僕は、鷹四と谷間の村との係わり方を考えようとする情熱を失い、囲炉裏端で黙り込んで1人で食事をした。鷹四は自信と権威を纏い、僕を挑発するようなことも口にした。フットボール・チームの若者たちは僕を嘲笑するようになった。

 鷹四は、万延元年の一揆の指導者を曾祖父の弟とは限定しないで、一揆は若者組の存在があったからこそ成功したと強調した。フットボール・チームの若者たちは鷹四の話に熱狂した。

 僕は、鷹四の話に興味を持てず、1人でヤマドリを料理していた。靴で踏み固めた雪の窪みに藁の束を押し込んでマッチで火を点けると、ヤマドリの皮膚に黄色い脂肪の粒が浮かび上がった。背後から鷹四が覗きこんできた。鷹四は「おれは、自分がもし、そうした本当の事をいう時がくれば、それを蜜に聞いてもらいたいと思っているんだ。それは蜜に話すことではじめて、本当の事としての威力を発揮する、そういう本当の事なんだよ」と告げた。僕は、「きみの本当の事というのは、妹のことか?」と「息のつまるような疑惑」に取りつかれて口にした。鷹四は、凶暴な目で僕を睨み据えた。

 ***

 僕と鷹四が子どもだった頃、僕と鷹四の母親が谷間に村で死ぬと、鷹四と妹は、谷間の村とは別の場所にある伯父の家で養われることになった。

 僕と鷹四の妹は、僕いわく「僕の息子ほどに状態の悪い白痴ではなかったが」、「知恵の遅れた娘だった」。妹は、きれいな音楽だけが好きで音楽を聴いていると幸福だった。一方、飛行機の機関音や自動車のエンジン音などを聞くと、耳の奥に火を付けられたような痛みを訴えた。

 伯父の家では、村の連中がたびたび妹を覗きに来たが、鷹四が死に物狂いで覗き屋たちと戦った。鷹四は妹に、「自分たちは選ばれた特別の二人なのだから、おれも妹も、お互い同士より他の人間に興味を持つことはありえないし、あってはならない」と教え込んだ。

 17歳で高校2年生だった鷹四は、初夏の季節に、田植えが終わったあとの酒盛りに呼び込まれ酒を飲んだ。伯父に叱られ、離れに戻ると、妹が酒に酔って歌う若者たちの猥褻で野卑な歌に怯え始めた。鷹四は妹を抱えてなだめているうちに興奮し、妹とセックスをした。

 翌日、鷹四は、しらふの状態で、再び妹とセックスをした。はじめ妹は嫌がっていたが、鷹四に対して拒絶するということを知らない妹に、鷹四は、「他人にさえ知られないように注意していれば、おれと妹とは、ふたりとも他の人間と結婚することはなしに、兄妹でこれをやりながら一生暮らすことができる」と教えた。鷹四が結婚した後は1人で暮らさなければならないという不安を感じていたらしい妹は、兄妹でいつまでも暮らしていけると納得したとき、「本当に喜んでいた」。

 伯母が妹の妊娠に気が付いた。伯父が妹を地方都市に連れて行き、妹に中絶手術と不妊手術を受けさせた。伯父は妹を責めたてたようだが、妹は、鷹四とのことを話さなかった。

 中絶手術と不妊手術を受けて帰ってきた妹は深く怯えていた。妹は鷹四にセックスして欲しいと頼んだ。鷹四は拒んだ。妹は意固地になり、鷹四の傍らにもぐり込んで、無理やり鷹四の性器に触ろうとした。鷹四は妹を殴った。生まれて初めて人から殴られた妹は、「鷹チャンガ、イッタコトハ嘘ダ、アレハ他ノ人ニ黙ッテイテモ、シテ悪イコトダッタンダ」と言った。翌朝、妹は、自殺した。

 ***

 年が明けて正月になった。谷間の村の駐在所の巡査は、雪が降り始めた日の夜遅くに電報で呼び出されて不在だった。橋は壊れたままで、電話線も雪で倒れた木に切られていた。

 スーパー・マーケットは正月安みだったが、鷹四は、スーパー・マーケットが毎年1月4日に行っているという、下半期のレシートを見せた顧客に衣料品や食料品をひとつ無料で配ることに目を付けた。

 鷹四は、養鶏の失敗からずっと追い付められた気持ちでいたフットボール・チームの若者たちに、スーパー・マーケットの支配人の朝鮮人を軟禁させた。人々を扇動して、スーパー・マーケットから品物を略奪させた。

 フットボール・チームの若者たちは、万延元年の一揆に参加した若者組と自分たちを重ね合わせていた。菜採子も僕に、「私は鷹と一緒に残るわ、蜜」と告げた。

 深夜、倉屋敷の母屋で、フットボール・チームの規約に反した谷間の村の1人の若者が、無抵抗のまま鷹四らにリンチされ、フットボール・チームから追放された。

 翌朝、鷹四とフットボール・チームは、前日の略奪は偶発事だったにせよ、谷間の人間たちは参加してしまった以上、略奪を続行しない理由はないと宣伝した。スーパー・マーケットの前で村民大会が開かれたが、スーパー・マーケットへの憤怒ばかりが叫ばれた。

 フットボール・チームの若者たちが、谷間の村で、略奪に参加していなかった家に呼び出しに廻り、「校長さんの娘さんは泣く泣く、要りもせぬ洗濯石鹸の大箱を取って帰」るなどした。村総出のスーパー・マーケットからの略奪は続けられた。

 崩壊した橋にしがみ付いていた子どもの父親が、ペクが暴力団を使って襲って来た時のためといって、密かに猟銃と散弾を鷹四に届けた。

 鷹四は、菜採子とセックスをした。鷹四は、星男を通して、鷹四と菜採子がセックスをしたことを、僕に知らせた。

 鷹四は、村に伝わる念仏踊りで村人を鼓舞し始めた。その念仏踊りの先頭に、「旧式のモーニング・コート姿で行進する間抜けなスーパー・マーケットの天皇」と、「どんな農村にもひとりずついるたぐいの、周辺の部落の若者たちすべての欲望の放射能を十二、三歳から一身に集めてきた」に違いない小柄で肉体派の村の娘にチマとチョゴリを着せて、「御霊」として加えた。

 鷹四は、僕に、村人は「御霊」を嘲弄しているうちに「スーパー・マーケットの天皇などといっても、朝鮮人のもと森林伐採労働者が、ちょっとした金力をそなえただけのことだと考える気力を取り戻したのさ! そこで連中はたちまち、弱い者いじめの軽蔑心やら捩(ね)じまがった利己心やらを発揮して、電機製品もなにもかも洗いざらい略奪して行ってしまったよ」などと告げた。

 そして、鷹四は、自分たちの先細りの生活の悲惨さに打ちひしがれていた村人たちが、「戦前・戦中の朝鮮人への優越感の甘い記憶を思い出したんだ。かれらは自分たちよりもなお惨めな朝鮮人という賤民がいたという再発見に酔って、自分たちを強者のように感じはじめたのさ」といい、「そういう蠅みたいなかれらの性格を集団に組織するだけで、おれはスーパー・マーケットの天皇に対抗し続けることができるだろう!」などとと僕に告げた。

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万延元年のフットボールの読書感想文


 「万延元年のフットボール」はここからクライマックスへ向かうのですが、この辺りで、読書感想文に移りたいと思います。

 「万延元年のフットボール」は、僕と鷹四の兄弟の物語として印象に残りました。

 鷹四は、チマとチョゴリを着せて「念仏踊り」に参加させた村の肉体派の娘を殺した後、僕に、妹との間にあった出来事を告白します。

 鷹四は、破滅することを望んでおり、村人にリンチされて殺されることを願っていたと感じました。一方では、鷹四しか知らない「本当の事」(=妹との間にあった出来事と妹の自殺の真相)を僕に話したいと願っていたのだと思います。鷹四にとっては、「それは蜜に話すことではじめて、本当の事としての威力を発揮する、そういう本当の事なんだよ」というくらい大事なことでした。

 鷹四は、理性や倫理による判断や評価としての問題ではなく、人間としての良心の問題として、妹との間にあった出来事を僕に告白しなければならないと感じていたのかもしれません。そして、少なくとも、「本当の事」を伝えた人間として死にたかったように思えました。

 そんな鷹四は、僕に、「リンチで死んでも処刑されても、とにかく蜜におれの眼をやるから、その網膜を使ってきみの眼を手術してくれ。そうなればすくなくとも、おれの眼球だけは、おれの死後も生き延びていろんなものを見るわけだ、それが単なるレンズの役割にすぎないにしても心が安まるよ。蜜、そうしてくれ」と頼みます。

 僕は、「厭だ、絶対にきみの眼をもらったりはしない」と拒絶していました。鷹四は、僕の拒絶に、「なぜだ、なぜなんだ? なぜ、おれの眼を受けとらないんだ?」と、「なぜ」を3回も繰り返して、叫ぶように尋ねました。

 この場面を読んで、なぜ僕は、拒絶したのだろうと思いました。

 鷹四は、処刑は免れたとしても、この場に及んでは破滅は避けられないという状況でした。網膜を使ってくれという鷹四の願いは、いうなれば、鷹四の“最期の願い”だと思いました。結婚をしていない鷹四にとっては、兄である僕がただ一人の肉親でした。

 そんな鷹四の“最期の願い”なので、嘘でもいいから、「きみの網膜を使わせてもらうよ」と言えばいいのに、と思いました。

 鷹四の村の娘を殺したとの告白を疑っていた僕は、娘は事故で死んだと信じていたため、鷹四が死刑になったり、処刑されたりすることはなく、鷹四を逃すなどして助ける方法があると考えていたのかもしれません。

 しかし、そういった現実的な問題とは別に、良心の問題として、なぜ、嘘でもいいから、「きみの網膜を使わせてもらうよ」のひと言が言えないのだろうと思いました。

 もちろん、良心の問題などということは、簡単に言葉して説明できることではありません。例えば、肉親が死に直面している時、人間はどうすればよいのかなど、簡単に分かることではありません。同様に、妹の自殺の真相を告白した弟が破滅しようとしている時、人間はどうあるべきかなど、誰にも決められることでも、正解があることでもないと思います。

 それでも、嘘でもいいから僕が「きみの網膜を使わせてもらうよ」と言うことで、鷹四が救われ、もしかしたら、僕自身も救済されるのではないかと思いました。

 しかし、僕は、「憤激におののいてしまう声で」、「厭だ、絶対にきみの眼をもらったりはしない」と拒否しました。

 鷹四は、「オレハ本当ノ事ヲイッタ」と書き残して自殺しました。

 僕は、唯一残った肉親である鷹四の死を考えることよりも、古文書や倉屋敷に残された手がかりから万延元年の一揆の真相を突き止めることに熱中していました。

 「万延元年のフットボール」に描かれていたのは、救済などというものを考えることすらできないところまで打ちのめされてしまった僕の心かもしれないと思いました。そして、僕が過去の一揆の真相をひたすら追い求める背景には、現在の僕が、追い求めてもどうにもならないという喪失感を、何かに対して持ってしまっているからかもしれないと思いました。


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