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遠い山なみの光/カズオイシグロのあらすじと読書感想文

2017年11月30日 0時10分 参照回数:

遠い山なみの光/カズオイシグロのあらすじ

 四月、田舎家に住む悦子の元に、次女のニキが訪ねてきた。「ニキ」という名は悦子と夫の妥協によって生まれた、東洋の響きを持つ英国名だった。

 ニキは長女・景子の死の後、母親を慰めるため、というよりも一つの使命感に駆られるようにしてわざわざロンドンからやってきた。五日間の滞在期間中、悦子の家で落ち着いた様子もなく、レコードを聴いたり時々電話をしたりして過ごしていた。

 二日目の夜、悦子はイギリスに来る前に日本で付き合いのあった女性のことを思い出す。長崎で出会った佐知子は独特な雰囲気を持つ女で噂が絶えなかった。空き地の外れの川岸にポツンと建った家に娘の万里子と暮らしていた。

 ***

 妊娠三ヶ月か四ヶ月の頃のある日、悦子は佐知子の家に招かれる。何か下心があるのかと思ったら、知り合いのうどん屋で働かせてほしいという。悦子は承諾する。佐知子の家に初めて上がった悦子は、家の風景と食器の質の違和感に気づく。そして佐知子は万里子のことについて何か隠しているようだった。万里子は家に、万里子を迎えにくる女がいると言う。悦子がそのことについて佐知子に尋ねると、佐知子は答えようとしなかった。

 悦子が紹介した店で、佐知子は働き始めた。佐知子は万里子の世話をしながら仕事をしているようだった。一抹の不安を覚えて悦子が様子を見に行くと、店主の藤原は万里子の扱いに手を焼いているようだった。「うどん屋で働くのは楽しい」と佐知子は言うが、万里子は馴染んでいない様子。万里子が再び家に自分を迎えにくる女のことを話し始めると、佐知子は急いで店の奥へと連れて行った。

 義父の緒方が悦子・二郎夫婦の元に泊まりにきた。悦子と義父は長い付き合いだった。滞在中、義父は松田重夫の話を持ち出した。松田は雑誌に緒方や遠藤博士など、過去の教育者たちを批判する内容の文章を書いたようだった。二郎がいなくなってから、緒方は遠藤博士に会いに行くと出かけて行く。そして「松田の謝罪がなければ二郎と松田を絶交させる」と言った。

 緒方と二郎が自宅にいる中、佐知子が「万里子を探している」と言って訪ねてくる。悦子は心配して一緒に探しに行くが、佐知子はなんとも思っていない様子だった。そして佐知子は「二、三日の間にアメリカに行く」と唐突に語り出そうとする。まずは万里子を探し出すのが先だと悦子は思い、佐知子の話にあまり構おうとしない。アパートの周りや佐知子の自宅を探しても万里子は見つからない。二人は林の方に向かっていった。

 万里子は林の中で見つかった。軽い怪我をしており、悦子は心配するが佐知子はあまり気にしていない様子だった。そしてアメリカに行くと言う話を続ける。「万里子さんは大丈夫なのか?」と悦子が問うと、佐知子は万里子のためにもアメリカに行くべきだと考えているようだった。

 ***

 ニキの滞在期間中に、こうして佐知子のことを思い出した悦子は、このことが何か意味があるかのように感じられた。そして数日の間、不思議な夢も見た。これらは決して偶然などではないと悦子に思わせる何かがあった。

 ***

 結局、佐知子はアメリカに行けなかった。彼女を迎えに行くと言っていたフランクという男性が来なかったためだ。佐知子は悦子に「フランクのことについて聞かないのか」と訊ねたが、悦子はあまり深く訊ねようとしない。そして佐知子は万里子が「見た」と言っている女について話し始めた。その女は万里子が東京で見たものだった。

 アメリカに行くためにうどん屋を辞めた佐知子は、悦子にお金を貸して欲しいと言う。悦子はタンスの中にしまってあった封筒を差し出したが、佐知子は中身を改めもせずに持って帰ってしまった。夜には悦子に万里子の世話をさせることを約束して。

 悦子は佐知子が働いていたうどん屋の藤原と話していた。藤原は息子の和夫の話になると顔を曇らせることが多かった。藤原は悦子に食事を勧めるが、それを一旦断った悦子に「あなたの人生はこれから。何をそんなに苦にしているのか」と訊ねた。

 佐知子が留守の間、万里子の世話をしに悦子は行った。万里子は壁の蜘蛛が気になっているようだ。「放っておけ」と悦子が言っても聞かない。そして万里子はまたあの女の話をした。「フランクはいい人ではない」とも話した。そして東京で飼っていた猫についても話し、突然、蜘蛛を捕まえて口に入れようとした。しかし万里子は口に入れる寸前に両手を放し、蜘蛛を逃した。悦子は驚きから覚めたら万里子はいなくなっていた。

 驚きから覚めた悦子は万里子を探しに行った。万里子は草の中にいた。そして万里子は家に帰って行った。帰宅していた佐知子は万里子を叱った。すると万里子はフランクを罵った。そのまま万里子は家から出て行ってしまった。佐知子は追いかけようともせず、フランクとこれからについて語り始めた。悦子が万里子を探しに行こうと言っても「すぐに戻ってくるだろう」と言うばかりだった。

 ***

 ニキが来て五日目、悦子は早朝に目が覚めて景子の部屋を見に行った。その朝、食事の時にニキは彼女の友達で悦子のことについて詩を書いている人がいると言った。ニキも悦子の夫も、悦子が長崎で経験したことや前の夫・二郎のことについて全く理解していないと感じていた。そして悦子はニキと景子の性格がそっくりだと感じていた。悦子は夢に見る女の子について思い当たる節を新聞に掲載された父親の論説を読み続けているニキに語り出した。

 佐知子は伯父の家に行くことになったと言った。けれどもなかなか引っ越す気配がない。悦子は佐知子の伯父の家にいる、佐知子と歳の近いであろう従姉が原因だと思っていたが、そうではないと彼女は言った。

 悦子と佐知子と万里子は、佐知子親子が引っ越す前に稲佐に遊びに行くことにした。そこでケーブルカーに乗り、風景を楽しんだ。アメリカ人の婦人と日本人の親子と出会い、時々会話をしながら稲佐の風景を楽しんだ。夜には長崎の市街に戻り、3人で歩いて回った。くじ引きの屋台を見つけ、万里子が「やりたい」と言ったのでやらせてやることにした。万里子は3回くじを引き、最後の1回で一等賞の野菜入れを当てた。しかし帰りの市電の中で、三十くらいの女が万里子を見ていることに気づいたが、佐知子は「人違いだった」と言った。

 緒方の滞在は悦子の想像以上に長かった。二郎は仕事で忙しく、時々二人で将棋を指す程度。ある日、翌日に大切な仕事を控えている二郎と言い合いになり、緒方は翌朝まで二郎と顔を合わせないようにしていた。二郎が家を出てから起き出した緒方は、悦子を誘って長崎見物に出かける。原爆祈念碑に行き、その足で松田のところに行こうと言った。

 松田の家に二人が到着すると、松田は現れた。彼はちょうどこれから仕事に戻るところだった。緒方は松田の雑誌の記事について追求する。松田は緒方の考え方を肯定しながらも、自分の思想は間違っていないと主張した。そして急いで仕事へと向かっていった。松田の家を後にし、二人は藤原さんのうどん屋へ行った。「世の中の何もかもが変わった」と藤原さんは言った。そして夜は大きな仕事を終えた二郎が、昨日の言い合いを忘れ、緒方と酒を酌み交わした。

 佐知子たちと稲佐で遊んだ1、2日後、悦子は佐知子の家に一人の女が入って行くのを見た。気になって佐知子の家を訪ねると、女は万里子と話していた。女は七十前後に見えた。そして、佐知子の従姉であると名乗り、「自分たちの家に戻ってきて欲しいと伝えてくれ」と悦子に言った。万里子は佐知子の従姉の家に行きたそうだった。

 その夜、悦子がもう一度、佐知子の家に行くと、佐知子は荷造りをしていた。今度こそアメリカに行く手はずが整ったと言う。「万里子のためにもアメリカに行くのはいいことだ」と言うが、万里子は嫌がった。悦子はこの親子をただ見ていることしかできなかった。

 ***

 ニキの滞在五日目、ニキは突然ロンドンに帰ることになった。悦子は少し時間があったため、荷物をまとめ終わったニキとともに散歩にでかけた。そして昼食後、ニキはロンドンに帰っていった。悦子はにっこり笑って娘を見送った。

遠い山なみの光/カズオイシグロの読書感想文

 淡々と記憶をたどっていく悦子は、何か深い問いを常に胸の奥に溜め込んでいるかのようでした。その問いは何を問うているのかすら彼女にはわからず、ただもやもやと心の中に溜まっていくだけ。不快だから無視をしようとするも、存在感を増してくる。

 ……そのような問いを抱えている人は少なくないのではないでしょうか。考えても答えが見つからない問い。「自分は正しい人生を歩んでいるのか? 自分の価値観は果たして正しいのか?」という問い。

 長崎での生活の中では、佐知子や緒方さん、夫の二郎、藤原さんなどの価値観に触れ、共感しようとするものの、全く共感できずに冷めてしまっていた悦子。そしてただただ自分の中で問いが膨らんでいってしまう。

 その心の中の黒く澱んでいる部分を、悦子は見まい見まいとしているかのように感じました。そして必死に周囲に共感することでこそ、その澱みは晴れるのだと信じているかのようでした。

 「自分の子供のためにも渡米する」と言っている佐知子の気持ちを最後まで理解しきれず、けれども自身もイギリスに渡り、結果、景子を自殺に追いこんでしまう。悦子は佐知子を全く理解はできなかったけれど、心の奥底で彼女に憧れていたのかもしれません。

 そして次女ニキの滞在期間中もその問いは大きくなり続けてしまう。悦子本人としては何を問うているのかもわからない問いが、膨らみ続ける。

 けれども彼女はニキと過ごした五日間によって、悩み続けてきた問いに自分なりの答えを見出したように見えます。「今となってはどうでもいいこと。あの時代にはあの時代の価値観があり、自分はそれに向き合い、行動した」と思えるようになったのではないでしょうか。

 長崎の回想の中で、妊娠しているのにそれを全く気にしていない様子の悦子。そしてそのお腹の中の子は恐らく悦子が渡英後に自殺した景子なのでしょう。本書の最後に悦子が稲佐のケーブルカーに乗った時のことを思い出して「あの時が景子にとって幸せな時だった」と話したのが印象的でした。

【この記事の著者:鈴木詩織】
愛知県で活動しているモデル・作家。趣味は写真と読書と執筆。 アメブロ  アマゾン著者ページ



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