本文へスキップ

影裏/沼田真佑のあらすじと読書感想文(ネタバレ)

2017年8月28日 13時40分 参照回数:

影裏/沼田真佑のあらすじ

 転勤で岩手にやってきた主人公・今野は、ふとしたことから同僚の日浅と仲良くなる。趣味が合うようで、一緒に釣りに行ったり山菜取りに行ったり、ドライブにでかけたりと、よく遊びにでかけていた。

 1年ほど経ったある日、突然日浅は会社をやめた。今野に一言も告げずに。水くさいと思う今野。日浅は自前の携帯を持っていなかった。だから連絡を取りたくても取れない。

 ある日、今野はひとりで釣りのイベントにでかける。見知らぬ釣り好きの人たちとワゴンに乗り川へ向かう。それぞれが釣りを楽しむ。今野も山女魚を4匹釣って楽しんでいたが、なんとなく物足りなかった。それは一緒に参加した人たちと世間話ひとつできなかったのだ。岩手に転勤になり、ほぼ日浅と一緒にいて、他に友人と呼べる人がいなかったことに気づかされる。

 日浅は早くに母親を亡くし、父親と二人暮らしだったと聞いた。東京で大学生活を送り、卒業と同時に郷里に戻ったという。あまり東北なまりがなかった日浅。どこかこの土地の人たちと自意識の点で違っているように思えた。

 今野は改めて、この土地の人たちと馴染む努力をしなければいけないと感じる。

 3ヶ月ほどして、日浅が突然、今野の前に姿を現した。「偶然この近所回ってたもんでよ。挨拶がてらちょっと寄ってみた」と。

 今野の近所の川で、久しぶりにふたりで釣りを楽しむ。大きなウグイを釣り、ご機嫌の日浅。日浅はすでに新しい会社に転職していた。互助会の会員を募る営業をやっていた。すでに月間MVPをとるなど、かなり優秀な成績を上げているという。一通り仕事の話を終えると日浅は仕事に戻って行った。ふと玄関前を見ると、たばこの吸い殻が数本落ちていた。

 ある朝、今野にメールがくる。一人は東京の友人、和哉からだった。ちょうど仙台に出張中で明日には帰京するとの一文。そしてもう一人は妹。結婚が決まった、両家の顔合わせなどがあるからよろしく、という内容だった。

 今野はふと昔のことを思い出す。あのとき和哉が妹のように家族の誰彼に、メールをしていたら、自分と和哉は結婚していたのではないかと……。

 10日後、また日浅が姿を現した。例の互助会に入会してほしいという。ノルマがあり、どうしても一口足りないということだった。頼めるのはもう今野しか残っていないという。今野は嫌な顔をせずそれに入会してやる。すると日浅は「正社員になったら焼肉おごるから」と言って会社へ戻っていった。

 その後もたまに日浅と会って酒を飲んだり、家を行き来したりしていたが、ある時からぱたりと連絡が途絶える。

 しばらくして。今野は会社の人から、日浅が死んだかもしれないと聞かされる。

 今野は日浅を探し始めるが、次第に日浅の本当の顔を知ることになり……。

影裏/沼田真佑の読書感想文

 2017年芥川賞受賞作。「影裏(えいり)」というタイトルがまず聞きなれない言葉だと思った。その意味がわからぬまま読み始める。WEBサイトの記事に慣れ親しんでしまっていると、若干文体が難しく感じてしまう。現に読めない漢字もちらほら……。でもこれこそが、文学だ、と再認識させられる。

 主人公が岩手へ転勤となり、日浅という男と仲良くなったところから始まる。釣りが好きな主人公のため、その川や釣りの描写が具体的に描かれており、田舎特有のその静かな情景や空気感が繊細に伝わってくるのが素晴らしい。

 特に大きな事件が起きるわけではなく、淡々とストーリーが進むが、途中なんども、おっ!と思わされる場面があった。その度に、ページをさかのぼり、改めて読みなおす。そうすると、一読では見えなかった部分が、徐々に浮き上がってくる。

 主人公にメールが届くシーン。「和哉」のくだりに驚かされた。

「わたしのほうでも和哉を身内に合わせるでもなく、それでも結局二年つきあった」

 とある。ええ? 主人公は女性だったの? と慌てて初めに戻ってみるが、どう見ても男性だ。ということは……。衝撃を受ける。まさかの展開! 静かな水面にぼちゃんと大きな石を落とされた気分になった。そこから一気に物語が立体化した。

 やけに日浅との仲の良さが強調されているとは思っていたが、まさかこのまま恋愛へと進んで行くの? と想像するも、その一本筋の通った静かな印象は変わっていかない。あくまでも主人公の日常が淡々と描かれる。

 この作品のすごいところは、無駄な説明がないところだ。

 その分、分かりにくい部分もあるけど、あとからそういうことか、と気づかされる。だから振り返って読み返すとだんだん作者のいいたいことが強く伝わってくるのだ。

 後半、東日本大震災にも触れていく。その様子も決して具体的な描写でなく、同じアパートに住むお婆さんのエピソードを絡めながら、読み手に知らせる。そしてこの物語自体が、震災前後のストーリーだということを認識させる。こういうところがとても上手だと思った。

 後半、日浅が行方不明になり、主人公が日浅を探し始める。

 どうやら震災で犠牲になったのではないか、ということだった。でもそれもはっきりとはわからない。主人公が日浅の父親と会うことで、日浅の本当の姿というものが見えてくる。

 卒業したはずの、東京の大学にはまったく在籍しておらず、4年間何食わぬ顔で、定期的に送られた仕送りと学費を使っていたことになる。なにも知らなかった父親は激し、今は勘当状態だという。戸籍はそのままだというは、わざわざいろんな人の手を煩わせてまで、探し出す必要はないという。

 また大きく驚かされる。人のよさそうな日浅が、実はそんな人だったなんて!

 子供の頃から変わった一面があったようだが、どうやらそれは幼いときに母親を亡くしてしまったことも一因だった。

 実際亡くなったかどうかまでは記述されていない。もしかしたらいなくなったフリをしてどこかで別の生活をし始めているのかもしれない。そこはもう読み手の想像に任されている。

 確かにそういう大きな災害などが起きると、もしかしたら人生をやり直すために、自ら行方不明になるような人っているんじゃないのかな、と漠然と思ったことはある。すべてを捨てることは相当覚悟のいることだけど。

 もしそうだとしたら、日浅という人物がとても寂しく、切ない男のように感じた。

 決して派手ではなく、びっくりするような展開をしていくわけではないが、いわゆる行間にその想いがたくさんつまっている作品だなと思った。隠れているそれは、同性愛だったり、震災だったり、とてもディープなものではあるけれど、そのディープさを際立てすぎないところがこの作品の一番いいところで、むしろそれが印象深いものにしている。

 分かりやすい文章があふれてしまっている現代に、とても必要な作品だと思えた。

 ちなみにタイトルの「影裏」とはなんぞや、というところだが、主人公が日浅の父親に会いにいった時、壁に、「電光影裏斬春風」と墨汁が滴るような字で書かれている描写があった。意味は、【人生はつかの間ではあるが、悟ったものの魂は滅びることは無いというたとえ】であった。

 短い作品ではあるが、自分の解釈次第でいろんな世界を見せてくれる、とても心に残る作品だった。(スギ タクミ




PR
影裏/沼田真佑

→ 影裏/沼田真佑 Amazonへ






ミニシアター通信(TOP)










運営者

株式会社ミニシアター通信

〒144-0035
東京都大田区南蒲田2-14-16-202
TEL.03-5710-1903
FAX.03-4496-4960
→詳細(問い合わせ) 





ミニシアター通信(TOP)