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月と雷/角田光代のあらすじと読書感想文

2017年6月13日 14時50分 参照回数:

月と雷/角田光代のあらすじ


 東原智はまた女にフラれた。結婚話を切り出した彼女に言われた言葉は「普通のことができない智が怖い」だった。

 智は思う。「普通とは何か」と。仕事をすればいいことなのか。しかし彼女は、智が無職でもかまわないという。「私は生活がしたいの」という言葉をすぐに理解できずにいた。そもそも智の母親・直子が生活のできない女だった。父親は初めからいなかった。物心つくころには、直子とともにいろんな男の家を転々としていた。今は宗田という男の家にいる。

 智は子供の頃を思い出す。茨城のある家で泰子という女の子と一緒に住んだことを。直子と泰子の父親と4人で1年ほど暮らしたのだ。いろんな家を転々としたが、泰子の家から引っ越す時だけは、「絶対嫌だ」と泣いた。泰子とはよくお互いの体をさすりあっていた。その手のぬくもりがいまだに思い出される。智は衝撃的に泰子と会いたくなる。直子の記憶と住所録の住所を手がかりに泰子に会いに行く。

 泰子は昔と同じ家に住んでいた。父親は亡くなり、ひとり暮らしだった。泰子も智のことを鮮明に覚えていた。当時直子は何をしても怒らなかった。泰子はそれが心地よかった。もしかしたら実母以上に慕っていたかもしれない。泰子は泊めてはいけないと思いながらも、智を自宅に連れて帰る。そして、ふたりは子供のころのように裸になりお互いをさする。そしてそのまま関係を持ってしまう。

 泰子には恋人・太郎がいた。結婚の約束もしている。太郎はこれまでつきあった男とは違った。いつも「だいじょうぶだよ、こわくないよ」と繰り返し泰子に言ってくれた。しかし太郎には過去をすねて打ち明けられずにいた。出ていった実母のこと、転がり込んできた直子と智のこと、そしてそのあとにやってきた家政婦のような女性のこと……。

 智は泰子にまた一緒に暮らそう、という。泰子は智と一緒にいることは楽だろうと直感で思う。しかしそれをすぐに受け入れなかった。そしてなぜか、「母親を探してほしい、あんたたちが追い出した私の母親を見つけ出してほしい」と言った。泰子は本当の母親がどうして家を出ていったのか知らなかった。直子が来たから出ていったのか、その前に家を出ていたのかあいまいだった。

 智は「うんさがす」と簡単に答えた。手がかりなんかないはずなのに。ぱっとひらめいたのはテレビの人探しの番組に応募することだった。そしてそれはいとも簡単に泰子の母親を見つけ出してくれた。

 泰子の母・田中一代はフードコーディネーターをしている、ちょっとした有名人だった。泰子の父と出会った当時は女優を目指していた。ロケ先で泰子の父と出会い、泰子を身ごもって結婚した。しかし田舎の生活は性に合わず、父の浮気が発覚した時にこれ幸いと東京に戻ったというのだ。泰子も連れていこうとしたが、泣いていやがってあきらめたという。

 真実を知った泰子。智と直子が家に来たから一代は家を出たわけではなかった。それらしい理由に便乗して家を出て、自分のやりたい夢へ戻った母親。直子たちのせいで、むしろ幸せになっていたことが腑に落ちなかった。

 泰子は一代の家を見に行く。それは想像以上に豪邸だった。その家からでてきた女性・亜里砂に話しかける。亜里砂は一代の娘だった。亜里砂はよくできた子で、泰子のことを拒絶することなく、一代に対しても客観的だった。亜里砂が自分の妹であると同時に、智たちが現れなければ亜里砂は存在しなかったかもしれないと思うと不思議な気分になった。一方で自分にはないものを持っていることに怒りがこみ上げた。

 そんなころ、宗田から直子がいなくなったと連絡が入る。直子は宗田の家からそう遠くない石屋の男の家にいた。泰子は智と一緒に石屋へ向かう。そこで久しぶりに直子と再会し、時間の流れを感じる。

 智と直子は一緒に暮らすことになる。智は初めこそは楽しい気分だったが、すぐに後悔した。直子は一日テレビを見て酒を飲んで過ごした。たまにカレーを作るが、全く美味しくない。

 智は改めて直子の辿ってきた半生を聞く。いつから今みたいな直子になってしまったのか、興味深かった。聞くと意外にも智が生まれるまでは普通に働いて生活をしていたことを知る。智の父親になる男とは不倫関係だった。子供が生まれたらきっと本妻と別れるだろうと期待していたが、それは淡い夢だった。智が生まれてからはスナック勤めをし、現在の直子が徐々に形成されていったという。

 泰子が妊娠する。智の子供だった。しかし太郎には本当のことを言えずにいた。

 妊娠を聞いた智は結婚して一緒に暮らそうと言った。「だってそれが普通だろ」と言って。智らしからぬ言葉に泰子は思わずいらだつ。しかし智がそばにいてくれることは助かった。身重の体では日々の生活がままならない。

 久しぶりに太郎と再会する。なかなか本当のことがいえない泰子。だいぶお腹がでてきている。これを見て何も気が付かないのか、太郎も何も触れてこない。むしろ結婚を具体的に進めようと話す。帰り道、太郎に子供ができたことを告げる。すると太郎は困ったように「やっぱりそうだよね」と言った。そして「来世ではいっしょになろう」と告げて去って言った。

 智、泰子、直子の3人の生活が始まった。ある日直子と二人きりになった泰子は、直子に質問攻めにする。しかし、なかなかかみ合わない。泰子はイライラし、強く当たってしまう。泰子は気が付く。直子がきて母がでていき、自分は何かバカでかいものを失って、人生がそれで変更して、今ここにいると。本来ならばきっといなかった場所にいると。そうでなければ困る、とても今の自分も人生も直視できないと。数日後、直子はまた姿を消してしまい……。

月と雷/角田光代の読書感想文


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 著者の作品にはいつも、どこにでもいそうだけど、実は誰にも言えない大きな悩みや葛藤を抱えた女たちが繊細に描かれる。ハッピーではないその作風が逆にリアルさを際だたせて面白い。今回の作品もなかなかの女たちが登場する。

 まずは主人公・泰子。昔から、「私の人生、こんなはずじゃない」という思いに駆られている。たしかに小さいころに見知らぬ親子が突然現れて同居するなんて普通じゃない。そこでぐれてもおかしくない展開だ。もちろん実母は家を出た。その理由がはっきりわからないまま20数年すごしてきた泰子。父は亡くなり、真面目にスーパーで働き、真面目そうな彼氏(太郎)もできて、さあこれから幸せになろうという時に、当時の親子の子(智)のほうが現れる。人生を狂わされた、と思っていながらも、智を受け入れてしまう泰子。

 ここに女の悲しい性を感じてしまう。だって太郎と一緒になったほうが絶対に幸せになるはずなのに。でも本能で智を選んでしまっている。しかも一夜の過ちで子供まで身ごもる。これはもう運命でしかない。20数年前、いやもしかしたら生まれたときから、ふたりはこうなるように決まっていたのかもしれない。泰子も直感でそれを感じ取ったのだろう。

 ここで泰子に感心するところは、その現実に向き合い、さらに過去を知ろうとするところだ。

 智に実母を探させる。智もあてなんかないのに「うんさがす」と、「子供か!」とつっこみたくなるような返事をして見事探し出してしまうからすごい。これが智のにくめない一面だ。まず、人探しのテレビ番組に応募しようと思いつかない。自由に生きてきた分だけ、普通じゃない発想がある。これまでの女たちに、「普通の生活ができないから怖い」とふられてしまっているのは皮肉なものだ。

 泰子の実母・一代もまあこれもある意味、自由気ままな女だ。智や直子と違って一代は結果を出している分、なにかまっとうに見えがちだが、一番強烈で嫌な女だと思う。だって自分の夢のために家庭を捨て、子供も捨てているのである。普通は夢をあきらめる。家族ができれば自分のことをさておき、となるものなのではないだろうか。

 一方で智の母親・直子のほうが、より子ども思いではないかと思う。今じゃ昼間からビールを飲み、カレーすら上手に作れない。気が付けば男の家を猫のように渡り歩くだめな母親であるが……。直子にも普通の女性として生きていたころはあった。しかし愛する男に裏切られ、それでも智を育てていなかくてはならない。必死にもがいたあげく、今の状況に落ち着いていった。とても褒められるものではないが、シングルマザーの現実がそこにあるような気がした。直子は生きるためにこの道を選んだ。そうせざるを得なかった。だから自分でも、どうしてこうなってしまったのか分かっていないんだと思う。

 「なにかがはじまったらもう、終わるってこと、ないの。あとはどんなふうにしてもそこを切り抜けなきゃなんない」という直子の言葉が重い。人生はそういうもんだ。もうだめだと思っても、前に進むしかない時がある。そうすると意外に切り抜けられたりする。神様は試練を耐えられる人だけにそれを与えるというけれど。まあできるものなら試練なんかないほうがいいが、そういうわけにもいかないのが現実だったりする。

 ただ流れに身を任せているように見える直子だが、実はがんこな女性ではないのかと思う一面がある。それは、同じところにいられないタチ、という部分だ。ひとつのところに、(たとえば金持ちとか楽しく生きられるようなところに)定住してしまえば楽なのに、そうしない。人がいい男のところに限ってさっさといなくなる。きっとそれは直子の唯一のプライドだったのかもしれないと思う。「私の人生本当はこんなんじゃないのよ」という……。

 人との出会いは不思議だ。もちろん自分で選択してきたものの先にそれがあると思うが、理屈でない不思議な縁がつながっていくこともある。泰子が一代の娘・亜里砂に出会った時に感じる思いが印象的だ。もし直子と智が自分たちの前に現れなければ、亜里砂はいまここに存在しなかった、と思うシーンだ。それはもちろん泰子のお腹の子にもいえる。今ここに存在しているものが、ひとつ何かが違うことで命すらなかったかもしれない、というのは恐ろしくもあり神秘でもある。

 「あの時ああすればよかった」といっても、もうどうしようもないのが人生だ。

 今、目の前にある道をいかに後悔せず進んでいくかが、その先の時間を悔いなく過ごす一歩なのではないかと改めて思う。そして人の生きる道はさまざまだ。「普通」とはなにか。ひとつのものさしですべてを判断するのは難しい、結局その人の人生はその人だけのものなのだから。自分の思い込みや主観だけで視野を狭くしたくない、そんなことも考えた作品だった。(スギ タクミ



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