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ミニシアター通信本&映画 > 綿矢りさ「勝手にふるえてろ」

勝手にふるえてろ/綿矢りさのあらすじと読書感想文(ネタバレ)…リアルな物語だからリアルな提案をしたくなる!

2017年5月12日 13時10分 参照回数:

勝手にふるえてろのあらすじ(ネタバレ)

 26歳の江藤良香(ヨシカ)には、二人の”彼氏”がいた。

 一人目の彼氏は、中学2年のとき一目惚れした、クラスメイトのイチ。いつも遠くから見ていたイチを主人公のモデルに、ノートに「天然王子」というマンガを描いた。あるとき他のクラスメイトに混じって、イチがそのマンガを読んでいた。何気なく交わした一言、二言が宝物になる。中学2年の一年間で、三度しか喋ったことのないイチが、ヨシカの王子様だった。

 二人目の彼氏、会社の交流会でヨシカに話しかけてきた二は、体育会系であつくるしいオーラの男性。ヨシカは、好意を寄せてくれる二をどうしても好きになれず、告白への返事を濁していた。

 11月の半ば、ハロゲンヒーターで布団が燃えて、死にかけた。普段の生活で死にかけたのだから、人間いつ死ぬかなんてわからない。死ぬ前にもう一度イチに会いたい。そう思ったヨシカは、元クラスメイトの名前を騙り、ソーシャルサイトで同窓会を企画する。当日、遅れて会場に現れたイチはやはり魅力的で、彼の長所も短所も何もかもが愛おしく思われた。イチも東京で働いていると知ったヨシカはその接点を利用し、上京しているメンバーでまた集まる約束に持っていった。

 イチとの再会後、さらに二がどうでもよく思えてきた。タクシーで隣に座った二の体臭が気に入らない。告白の返事を催促する二に、まだ決心がつかなくて、と答える。二がもし私に無関心になればどれだけ素敵だろう。駆け引きなどではなく、本当に私に愛想を尽かしてほしい。そうしたら、好きになれるかもしれないのに。

 元クラスメイトの家に、イチを含めた上京組で集まった。みんなの輪に入れないヨシカが、ひとり紙に描いていた「天然王子」の落書きを覗き込むイチ。しかしイチは、天然王子を覚えていなかった。しばらく二人で話すうち、違和感を覚え尋ねる。

「どうして私のこと"きみ"って呼ぶの」

 「ごめん。なんていう名前だったか思い出せなくて」イチは、ヨシカの大好きな、はずかしそうな笑顔でそう言った。

 二の家でコロッケを作った。

 二は、ヨシカが家にいても自然にふるまい、手料理を喜んで食べる。彼となら自然に家族になれそうな気がした。

「いいよ。私たち付き合おうよ」

 もちろん二は喜んだが、「一つだけ言っておきたい」と、急に真面目な顔つきに変わる。

「おれは付き合っても、すぐには結婚しないから」

 不自然に思い、なぜそんなことを言うのかと尋ねると、「来留美さんから、江藤さんは結婚願望が強いと聞いた」と言う二。来留美とは会社の同僚で、ヨシカがいつも恋愛相談をしていた相手だ。会社で唯一信頼していた来留美に裏切られた気持ちになり、動揺するヨシカ。二にキスを迫られ、慌てて荷物を抱えて二のアパートを飛び出した。

 翌日の昼休み、ヨシカは二に会社の屋上に呼び出されていた。

 二は昨日のことを謝り、ヨシカを抱き寄せる。「来留美さんに色々教えてもらってたのに、肝心なところで焦ってヨシカを困らせてばっかりだったな」と呟く二。他にもまだ何かあるのかと尋ねると、ヨシカには彼氏ができたことがないから、それを踏まえてアタックしてあげてとアドバイスをもらったという。

 この歳になって処女だということ、二には知られたくないと来留美に伝えてあったはず。ショックと悔しさから何かのスイッチが入ったヨシカは、二に告げる。

「中学のときから好きな人がいるから、他の人とは付き合わなかった。やっぱりその人が忘れられない。ごめんなさい」

 トイレにこもり、ひとり頭を抱えるヨシカ。

 来留美は私に関するどれほどのことを会社の人間にもらしたのだろう。会社の人間には会いたくない、もちろん来留美にも会いたくない。二にも会いたくない。イチは私の名前を覚えてすらいなかった。

「どうしたの、具合悪いの」

 遅れてフロアに戻ると、来留美が心配そうに声をかけてくる。

 「つわり……」ふいにころがり落ちた言葉。動揺する来留美。おめでたで初めて来留美の先を越してやった、と嘘なのに満足している自分がいた。

 妊娠したと嘘をつき、会社から休みをもらい、大荷物をまとめて山手線に乗り込んだ。

 本当の自由。やりたいことはいっぱいたまっていたはず。でも家に着くと疲れ果てて、何もする気になれなかった。

 三日後、ずっと切っていた携帯電話の電源を入れると、着信もメールもゼロだった。二が連絡をくれていると思ったのに。翌日も翌々日も、連絡は来ない。何度電話をかけてもつながらない。

 さみしさに耐え切れず実家に電話するも、父も母も、「仕事を簡単にあきらめるな」と、今のヨシカを受け入れてはくれなかった。

 再び二に電話をすると、つながった。

「いますぐ私のうちに来て」

 夜遅く、二は雨に濡れながらヨシカの家にやってきた。目を合わせようとしない二に、ヨシカは、妊娠は会社を休むための嘘だったと告げる。傷つき混乱し、怒り出す二。

 でも二は、それでもヨシカのことを好きで、どうしても一緒にいたいと言う。その言葉はヨシカの胸につきささる。

 愛していない人を愛することはできるのだろうか、いや違う、いままでとは違う愛の形を、受けとめることができるだろうか。

 妥協とか、同情とか、そんな気持ちではなくて、挑戦の気持ちから、ヨシカは二との未来へ踏み出した。

勝手にふるえてろの読書感想文(ネタバレ)

 「彼氏が二人いる」という衝撃の告白から始まるこの物語。どんな波乱万丈が待ち受けているのかと思いきや、何も大きな事件は起こらない。実際、主人公のヨシカには彼氏は二人もいなかったし、妊娠だってしない。

 しかし、何も起こらないのに、読み進めるうちに物語に引き込まれていく。それは綿矢りささんの文章がとても豊かで、日常の繊細な感覚が実にうまく表現されているからだ。

 そもそも、大事件などそう起きないのが現実。フィクションのように大事件が起こらなくても、喜んだり、落ち込んだり、嫌悪したり、愛着を持ったり、小さな出来事で大きく心が動かされていくのが人の日常である。この物語には、そういった日々の感情が細やかに描き出されていく。映像でも漫画でも表現しきれない、文章でしか表現できない人間の生々しい感情が伝わってくる、ドキュメンタリーである。「そうそう、この気持ちわかる」と、どんどん先が気になる。こんな表現方法があったのか、と、読者は自分自身の言葉にならない感情が代弁されたようなカタルシスを覚えることだろう。やわらかい文体も読みやすく、普段あまり本を読む習慣のない人にこそ手に取ってもらいたい本だと思った。

 内容は一見、「好きな男性に振り向いてもらえないと分かったら、今まで邪険に扱っていた別の男性にのりかえるひどい女」の話にも思われるのだけど、主人公ヨシカの思いや行動は、すごく共感できるところもある。

 物語の全体を通して伝わってくるのは、「孤独」というキーワードだ。もともと友達も少なく、家族の中でもどこかさみしさを感じながら育った、一人暮らしのヨシカ。心の支えだった王子様を失い、親友を失い、親にも味方をしてもらえず、追い詰められて辿り着いたところが自分に好意を寄せてくれる男性の肩だった、ということだろう。

 しかし、もしヨシカに仲の良い友達がたくさんいたら、いつでも味方をしてくれる親がいたら、彼女は二と付き合うことを選ばなかったのではないか。

 「新しい愛の形を受けとめることができるだろうか」という挑戦は、手に入らないものばかり追いかけていたヨシカが、手元にあるものに目を向けて、最終的にその大切さに気づいたという美談のようにも思われる。

 けれども、たとえばこの物語の終わりから一ヵ月後、一年後、十年後、彼女は後悔していないだろうか。というか、もし奇跡的にもイチに告白されたり、もっと好みの男性が他に現れたりすれば、ヨシカは必ず後悔するはず。とくにそれが二と結婚したあとであったりしたら。それこそ波乱万丈なもうひとつの物語ができてしまう。

 イチのことが好きであれば、好きになってもらえるよう努力してみればいい。想いを伝えるだけ伝えてみればいい。あるいはもしかしたら、イチでも二でもなく、ヨシカの本当の相手はもっと未来に現れる別の男性かもしれない。

 現代日本の社会では、恋愛相手は一人に絞ることになっているのだから、そこに恋愛感情のない相手を当てはめるのは不幸を招く気がする。話を聞いてくれる相手がほしいのなら、友達を増やせばよい。いつも味方になってくれる誰かが必要なら、味方になってくれる存在を見つければよい。恋愛相手以外の椅子は、いくつあってもいいのだから。

 そして、いずれ本当に好きになれる相手、好きになってくれる相手を見つけたら、「恋愛相手」の椅子に座らせればいい。それが一番心が満たされる方法なのではないか。

 処女だとか処女じゃないとか、婚期だとか、人目を気にしたり比較したりせず、自分の幸せだけを考えてはどうかと言ってしまえば、身も蓋もないだろうか。

 心の底から人を好きになる感情を知っている人間が、好きではない相手と結婚して、永遠に「恋愛相手」の椅子を空席にしなければいけなくなるほうが苦しいのでは……なんて、リアルな物語だから、リアルな提案を考えてしまった。

 だけど、燃え上がった恋愛感情というものが果たしていつまで続くのか、という問いへの答えは知らない。それはまた人生の先輩に聞いてみないと分からないかもしれない。

 幸せって何だろう。この作品を題材にして、世代も超えて、いろんな人と語り合ってみたい。

 「私はこう思う、あなたはどう思う?」そんなやり取りを自然に引き出してくれるような、20代の女性にはすごくリアルで、興味深いテーマを投げかけている作品だと思った。(みゅう https://twitter.com/rekanoshuto13



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