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書評『騎士団長殺し』:複数の謎と春樹ワールドの繋がりについての考察/読後の感想


2017年4月13日 13時00分 参照回数:


『騎士団長殺し 第1部 顕れるイデア編』(村上春樹)

 発売日の深夜、私は代官山蔦屋書店で村上春樹の新作を手に入れました。待ちに待ったこの本を大切に読みたいと思い、仕事がひと段落するのを待ち、4月に入ってようやく読み始めることとなりました。フレッシュな食材を使ったサンドウィッチを作り、週に2回は近所のプールで泳ぎ、そして時々男の子とデートをしながら。

 第1部を読み終えた率直な感想として、これまでの春樹作品、あるいは春樹さんのお気に入りが散りばめられた作品だと感じました。

 そこでまず、第1部での謎を整理するとともに、その散りばめられた春樹ワールドを文字数が許す限り紹介したいと思います。


『騎士団長殺し 第1部 顕れるイデア編』のあらすじ


 時系列を追って考察しますので、割愛させていただきます。本の裏表紙のあらすじを参考にされてください。

“その年の5月から翌年の初めにかけて、私は狭い谷間の入り口近くの、山の上に住んでいた。夏には谷の奥の方でひっきりなしに雨がふったが、谷の外側はだいたい晴れていた...それは孤独で静謐な日々であるはずだった。騎士団長が顕れるまでは。”


複数の謎と春樹ワールドの繋がりについての考察


第1の謎【顔のない男】

“今日、短い午睡から目覚めたとき、〈顔のない男〉が私の前にいた。”

 最初の一文にもう謎が…。顔の部分は霧が渦巻いている、という描写からアイルランドに古くから伝わり、死を予告し実行するという“デュラハン”が浮かびました。デュラハンは“首なし騎士”と呼ばれています。またアイルランドは『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』という春樹作品で登場します。モチーフとしてはあり得そうです。

 500ページもの作品の1行目から、こんなに春樹ワールドに思いを馳せてしまっては話が進みませんね、もう少しサクッといきます。

 主人公は肖像画を描く仕事をしており、〈顔のない男〉に自分の肖像画を描くよう頼まれます。しかし描くことができないまま時間切れとなります。ここでプロローグの終了。

第2の謎【『騎士団長殺し』というタイトルを持つ絵画】

 物語の始まりは、妻から別れを宣言され、主人公は放浪の旅に出るところから。ひと月もの放浪の末、友人である雨田政彦の父親が住んでいた小田原の家に住むことになります。雨田政彦の父親、雨田具彦は名の知れた日本画家であり、その家は絵を描くのに非常に適した場所でした。そして主人公はその家の屋根裏で雨田具彦によって描かれた『騎士団長殺し』という絵画を発見し、その何かを訴えてくる異質な絵の虜になります。

 食、音楽、旅と様々なカルチャーに精通している春樹さんですが、今回は絵がテーマのようで、さすが多彩。春樹さんのお住まいは大磯だという噂を耳にしたことがありますが、すぐ傍の小田原が舞台となっています。また近辺は画家のアトリエも多いそうですから、現在のお住まいに大いに影響を受けておられるようです。

 さらに、この『騎士団長殺し』を描いた雨田具彦ですが、“大磯 日本画家”で検索すると、“安田靫彦”という人物がひっかかります。文字列がなんとなく似ている...!?雨田具彦のモデルとなった人物かもしれません。

第3の謎【免色】

 主人公の住む家の向かいにある豪邸に一人で住んでいる男、免色渉。免色は主人公に自分の肖像画を描くよう依頼。その依頼金はとんでもなく高額で、主人公は引き受けます。自由に描くよう言われ描いたその絵は、肖像画とは呼べないものでした。しかし免色はたいへんその絵を気に入りさっそく家に持ち帰ります。お礼に豪邸へと招待された主人公。彼の描いた肖像画は書斎に飾られ、その場所で“本来の生命を獲得したように”見えました。

 ここで免色のモデルになっているに違いないのが、春樹さんの敬愛するフィッツジェラルド氏の『グレート・ギャツビー』。これは疑いの余地なしです。

 そしてこの肖像画ですが、今後1つの生命として動き始めるのではないでしょうか。去年、アンデルセン文学賞を春樹さんが受賞した際、受賞スピーチでアンデルセンの『影』という作品について触れていましたが、どことなく似た雰囲気がありました。

第4の謎【免色の娘かもしれない女の子】

 主人公を豪邸に招待した際、免色が主人公に近づいた本来の目的が判明します。それは免色の娘かもしれない“まりえ”の肖像画を主人公に描かせることでした。まりえはモデルとして主人公の家を訪れるようになります。彼女は絵に関してとても鋭い感覚を持った女の子でした。

 春樹作品に必ず登場する、悟りキャラ。意味深な言葉を連発しますが、物語を次へと進ませる重要な役割を果たします。まりえは1Q84の“ふかえり”を彷彿とさせるところがあるように思います。まりえの他にも、主人公の妹“コミ”や二人の人妻など、多数の悟りキャラが登場します。

第5の謎【騎士団長】

 おそらく物語最大の謎。ある夜中、主人公は鈴の音で目を覚まします。音は家の外の祠の方から聞こえてくるようです。免色の力を借りて祠の裏にある石塚を掘り起こすと、そこには鈴がありました。それ以来鈴の音は聞こえなくなりますが、幾日か経ちまた鈴の音が聞こえます。そしてその鈴を鳴らしていた正体が、雨田の『騎士団長殺し』に描かれている“騎士団長”だったのです。彼は自分のことを“イデア”であると言います。

 この世の存在ではないもの、おそらくこの世に存在してはいけないもの、を掘り起こしてしまう訳です。今のところ害はなさそうな騎士団長ですが、彼の登場によって“あちら”への扉が開かれたことは確かでしょう。

 と、まだまだ謎はありますがこの辺りで第1部の考察は中断しまして、さっそく第2部を読み始めたいと思います。


『騎士団長殺し 第2部 遷ろうメタファー編』


『騎士団長殺し』を読み終わって

 登場人物たちは確かに自分の居るべき世界へと帰り、話としては終わりますが、いつものように村上春樹の物語は多くの謎を私たちに残していきました。分からないことだらけではありますが、私なりに考察してみようと思います。

“絵”について

 今回の物語における異世界への入り口は“絵”でしたね。【騎士団長殺し】を見つけてから、様々なことが主人公の周りで起こりました。

 さて、小田原のアトリエで主人公が描いた【免色の肖像画】【白いスバル・フォレスターの男の肖像画】【まりえの肖像画】【雑木林の中の穴】の4枚の絵は一体何を現しているのでしょうか。

 まず【免色の肖像画】についてですが、主人公は絵を描き上げた後“免色自身がその存在を認めたくない何かしらネガティブな要素が、たまたま描き込まれてしまっているかもしれない。”“新たな、本来の生命を獲得したようにさえ見えた。”というように絵に対して感じていました。つまりこの物語の言葉を使うのであれば、【免色の肖像画】に免色さんの“二重メタファー”を描いてしまった、と言い換えることができるのではないでしょうか。

“二重メタファー”とは

 ドンナ・アンナは「あなたの中にありながら、あなたにとっての正しい思いをつかまえて、次々に貪り食べてしまうもの。そのように肥え太っていくもの。それが二重メタファー。それはあなたの内側にある深い暗闇に、昔からずっと住まっているものなの。」と言っています。ジョージ・オーウェルの「1984」にでてくる「二重思考」と同じ意味でしょうか…? 作中で「1984」についても触れられていますし。(ちなみに「二重思考」とは「相反し合う二つの意見を同時に持ち、それが矛盾し合うのを承知しながら双方ともに信奉すること」)

 免色さんには“内側にある深い暗闇”が沢山ありましたから…笑。とても巨大な二重メタファーが住まっているはずです。そして免色さんの二重メタファーはおそらく、まりえがクローゼットに隠れている時にやってきた、“免色であって免色でないもの”のことでしょう。

 次に【雑木林の中の穴】ですが、完成と同時にまりえが行方不明となり、そして主人公も異世界へと行ってしまった訳です。この絵が異世界への扉を完全に開けてしまったような印象を受けました。この扉が完全に開かれたことにより、穴は異世界へと通じ、免色さんの家が免色さんの闇(二重メタファー)に包まれ、これまでになく不安定な場所になったのではないか、と考えています。一見まりえは異世界へは行っていないように思えますが、まりえにとってあの時の免色の家は、致死的なスズメバチや二重メタファー免色さんが存在する普通の世界ではない危険な場所だったのでしょう。

 【白いスバルフォレスターの男の肖像画】についてはよく分からないことだらけです。主人公が感じていたように、主人公自身の二重メタファーなのか。それとも顔がまだ完成していなくて、いずれは描かれる必要のあるもの、ということからペンギンのお守りを渡した最初に出てきた顔のない男と関係があるのか。皆様のご意見伺いたいところです…!

 そして【まりえの肖像画】についてですが、この絵が未完成に終わったことについては、ほっとしたという感想を持ちました。絵は必ずこの世のものではない何かと繋がっていましたから。ただでさえ当時のまりえはどこか危うく、浮世離れしたところがありました。それはコミチにも言えることですが、他の世界への扉を見つけやすい、といったように。しかし数年後のまりえは今を生き、この物語で起きたことを子供の頃に起きた不思議なこと、として捉えています。それを少し主人公は寂しくも感じているようですが、もしもあの絵を完成させていたらまりえは危険な世界と繋がり続けることになっていたような気がします。まりえが当時を思い出とし、健全に生きていくために絵は未完成である必要があったのでしょう。

男性の登場人物について

 今までより大人の女性の役割が少なく、代わりに主人公の男性との交流や男性への考察が多かったように感じました。そして彼らは主人公との普通ではない類似点をそれぞれに持っていました。

 まず免色さん。妻(恋人)との別れ、そして娘が自分の子供であるか分からないし、調べない、という点。こんな秘密が同じ人なんてそういません。

 次に白いスバル・フォレスターの男。主人公はまりえに“あるいはぼくはそこに、自分自身の投影を見ているだけなのかもしれない”と説明します。主人公もまりえもこの男に対して恐い、という感情を持っています。ですが主人公はこの恐い男を、夢の中で自分が行った恐ろしい行動と重ね、自分の二重メタファーなのかもしれない、と考えているのです。

 最後に雨田具彦。主人公は彼との間に、芸術面における父と子の繋がりを感じていたかもしれません。息子である政彦が嫉妬心を抱く場面もありました。また、大切な妹や弟を亡くしてしまった過去も大きな類似点でしょう。

 多くの方がお気づきの通り、たいへんオマージュの多い作品です。私の知識ではまだ『騎士団長殺し』を半分も理解できていないことでしょう。だから私はオペラを聞き歴史を勉強するのです。数年後に再読する際は、きっと今より理解してやろうと思います。(ミーナ)


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